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ごく一般的な1DKだ。ただし、やけに暗く、空気も重々しく、寒い感じがする。
「……特にこの部屋には、人が居着いてくれなくて」
そう告げられても、僧侶は驚きはしなかった。
それどころか、大きな瞳でざっと見渡しただけで、
「六年前の春、女性が亡くなったのですね。手首を切って――」
と、浴室の方を凝視する。
狭い玄関の中、老婆は薄気味悪そうに僧侶から体を離した。
「誰に聞いたの? 事故物件サイトで調べでもしたのかしら」
「――次は男性、クローゼットで首を吊った。その次は、若い恋人同士が包丁で刺し違えた。更に、身重の女性は、あの窓から身を投げた……」
「どうしてそこまで詳しく……。まさか本当に、そういう不思議な力を持っているとでもいうの?」
「大家さん。こういうことが続いたのに、一度も供養をしなかったのですね」
「……私からしたら、次々に部屋を汚されて往生した。特殊清掃だの改装だの、やらなきゃいけないことが多かったの」
ぶわ――と。
風もないのに、僧侶の黒衣が内側から膨らみ、袖もハタハタと揺れ始めた。
相手は痩身の若い女なのに。その体がひと回りも大きくなったように感じられ、老婆は後ずさっていく。
その手を取って止めたのは僧侶だった。力強く温かい手だった。
「大家さんは、この部屋に入らぬほうがよろしいかと。外でお待ちください」
出口側に移動させられる。
僧侶は錫杖を鳴らし、彼女に向かって片合掌した。
その顔を見上げ、老婆は尋ねた。
「名前を訊いとくよ」
「水霊、と申します」
「そう、水霊さん。あんた、どうしてまた、わざわざ無償でこんなことしようっていうの」
「……そうですね。かつて、私もこうした建物に遭遇した経験があるのです」
「事故物件に?」
「はい」
この時にはもう、水霊の手によって、開いたドアは引き戻されつつある。
閉じる寸前。最後まで見えていた大きな瞳は、束の間、ふっと己の過去へ渡ったようだった。
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