恋に化ける

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 この世は狐と狸の化かし合いだ。  ずる賢い者同士が互いにだまし合っている。  俺だってそんな狐か狸の一匹なのだ。 「だから彼女ができないのだよ……」  俺の愚痴は正面の席で漫画を読んでいた木田に吹きかかった。  木田は俺の方を見ずにページをめくるついでに言った。 「へえ。そうなんだ」  なんだその、まるで無関心の態度にカチンとくるものがあったが、なぜ俺は自分に彼女ができないのかの分析を木田に語った。 「告白なんて恥ずかしいことなのにさ、俺は恥ずかしいを隠して告白の言葉を吐き出している。自分の気持ちにウソをついて告白しているようなものじゃないかよ。告白にウソの気持ちが入ってしまっているのだよ。だから、その時の俺の顔は、ひどく醜い」  木田は「ふむ」とうなづき、また1枚ページをめくって言った。 「おかしな顔は生まれたときからだろう?」 「!?」  こいつは正直にモノを言い過ぎるだろう。  だから、こいつには彼女がいるんだよ!  木田は読んでいた漫画本をパタンと閉じた。 「くだらない」  本を閉じたときに生じた空気を吹き返すような一言だった。 「この漫画のことじゃあないぞ。恥ずかしい気持ちを隠して告白する自分がいる。自分にウソをついているような気持ちが告白に入っているからフラれる~ってお前の考えが、よほどくだらない」 「ええ? それは……何か間違ってる?」  俺が知るこの世で唯一の正直者の正論を、俺は待った。  木田は椅子にふんぞり返って言った。 「お前は女の子に告白する。でも、この子は好きじゃないのに好きだとウソ言ってるだけさ。相手をからかってるだけさ。本当にその子が好きならさ、告白する自分に疑いは持たない。告白に何かウソの気持ちが入っていてもいい、だって好きなんだからしょうがないだろう!? なあ、親友。くだらないことをするのはもうやめよう」 「なにっ!?」  好きでもない子に告白して、俺は相手をからかっているだけだって?  これには憤慨した。 「それは違う。俺は誰にだって本気だった!」  木田は、机の上で組んだ両掌の上に顎を乗せた。 「本当にそうでしょうか?」  イラっとする切り返しをしてきやがる。 「ウソも百回言えば真実となるって言葉、知ってるか?」 「あ、ああ? 聞いたことある。それって、ウソも貫き通せばなんとやらって言葉も同じだろう」 「そうだ。ウソから出たまことって言葉もあるよな」  木田は、フッと鼻から軽く息を吹き出した。 「つまり、お前は、ウソをつくことにすら真剣になっていない。だから、たった一度の告白で冷めて諦めてしまう」 「ど、どういうことだ?」 「だからさあ、恥ずかしい気持ちを隠して告白する自分がいる。自分にウソをついているような気持ちが告白に入っていると思うのなら、ウソの気持ちが入っている告白を101回くらいしてみろ。そうすれば、何かウソが入った告白でも好きなんだからしょうがないって相手にも伝わるさ」 「お前がそうだったの?」 「え? いや。俺はそもそもモテる……あ、そ、そうだよ」  正直者でも正直は貫き通せなかった。  ここでウソが出てくるとは。 「この世は狐と狸の化かし合いだ。お前も俺を化かすつもりか!」  これに対して、木田はドンと机の上を叩いて言った。 「こんなくだらない話を、俺はウソをついてでも真剣に聞いているのだぞ。お前も真剣になれ、化けろよ。ウソを真実にする化け物になれ」 「ウソつきに化けろだって!?」 「そうさ。それなら、少なくとも、相手にウソをついている間は真剣な気持ちになれる。違うか?」 「そ、そうだな」 「相手を騙すってのは悪いウソだ。そんなことはしちゃいけない。けれどな、偽りというウソは、ウソも方便なのさ」  ううむ。上手いこと言われてしまった気がする。  しかし、そうか。少なくとも、こいつは俺の、「理解者」に化けているのだろう。  こいつを本物の理解者にするのは俺自身だ。 「わかったよ。相手が告白の返事にOKを出してくれるまで結婚詐欺師になったつもりでいくよ」 「?? 何かおかしく解釈されたような気もするが……」 「良い報告を期待してろ」 「まあ、彼女ができるって無理なものは無理だがね」  正直者は一言多かった。 <終わり>
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