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情交の名残を見られたくない僕は、顔を布団で隠す。そして、返す言葉を考えると
「二日酔い。昨晩、お隣の御主人と飲んだから」
「うそ~ぉ!」
「たまたま外廊下で会ってね。あっちの奥さん、出産のために里帰り中なんだって。知ってた?」
「予定日が6月っていうのは聞いてたけど」
「『奥さんがいないなら晩飯でも、野球の開幕戦でも見ながら」って話になってね」
「挨拶程度の付き合いしかなかったのに」
「向こうの旦那さん、熱烈な○○○ファンで野球の話題で盛り上がっちゃった」
「ふ~ん」
「で、朝まで飲んでた。だから、晩飯はいらない。ごめんけど、一人で済ませてくれる?」
「わかった。冷蔵庫にデパ地下で買ったお惣菜があるから、お腹がすいたら食べてね」
そう言い残すと妻は出て行き、危機を脱した僕は布団から顔を出して溜息をついた。猫の仕業でベランダに閉め出されたことは言わなかった(済んだことなのに、駄目出しされるのが嫌だった)。そのかわり、前田さんと一緒に過ごしたことは正直に話した。嘘がバレて面倒くさいことになるのを避けるためで、口裏を合わせないといけないと思った俺は、それを口実に彼にLINEを送る。
『先ほど、妻が帰ってきました。ベランダに閉め出されたことは話していません。すみませんが内緒にしてもらえますか?』
すると、程なくして
『今日はどうも。ベランダの件、了解しました』
前田さんからすぐに返信があったことを喜び、安堵した僕は『でも、一緒に開幕戦を見ながら食事したことは話しました』と伝えた。
『後でバレたら面倒なので。すみません』
『その方がいいでしょう。それから約束の日にち、土日で都合のいい日が決まったら教えてください』
『出来るだけ早く連絡します』そう返信した後、俺は手にしたスマホをギュッと握り締めた。
――― よかった、彼は僕との約束を守るつもりなんだ
彼との逢瀬はあと一度。お互い既婚者で、半年もすれば彼の妻が生まれたばかりの子どもを連れて戻って来る。終わりが見える この恋を存分に楽しみたい――― そう願った僕は、再び妻が出掛ける日まで夢見心地で過ごした。
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