可愛い配信者と醜い素顔

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わたしは今の時代に生まれてきて、本当に良かったと思っている。 だって、いくらでも化けることができるから。 化ける代表格といえば化粧だと思うが、今の時代にはその化粧すら必要ない。 「こんにちにゃ~」 わたしは画面に向かって手を振る。しかし、そこに映し出されているのは醜いわたしではない。 小顔。色白。ピンクのツインテール。骨と皮だけの細い体。 わたしが望むわたしを詰め込んだ、画面上だけの存在。仮想空間でだけ息をすることを許されている存在。わたしに似ても似つかないわたしの分身。 いわゆるアバターだ。 わたしは、配信を生業としており、それなりに名が売れている。 わたしがこの仕事に出会わなければ、きっと、ろくな人生を送っていなかっただろう。 この仕事をする以前は、スーパーにアルバイトとして勤めていた。そこでしていた仕事は、野菜を詰めたり、果物を切ったりするものだけだった。基本的に売り場には出してもらえなかった。売り上げが下がるから、というのがたまたま聞いた理由だ。 「やーい、顔面岩石ぃ~」 物心ついたときから、わたしはそう揶揄されていた。両親はかわいいかわいいと一人娘のわたしを可愛がってくれていたが、両親の愛よりも他人の誹謗中傷の方がわたしの心に影響を与えた。 わたしは何をしても馬鹿にされた。 両親が買ってくれた可愛い服を着れば、馬子に衣装ならぬ岩石に装飾と言われ、両親が可愛いと買ってくれたピンクのランドセルは、似合わないって言葉を具現化してるね、と言われる有様だった。 そう言われているうちに、わたしは自分に対する自信を失った。 何をしても揶揄されるのなら、もう何もしない。 わたしは髪を梳かすことも、化粧をすることも、可愛くなろうとする行為を全て放棄した。 そうすると、不思議と真正面から何かを言われることはなくなった。たまに陰口で、あの子、暗いよね、と言われる程度で済んだ。これぐらいであれば、今までのダメージと比べればかすり傷みたいなものだ。 だけど、わたしは自分が可愛いと思う行動をしてみたかった。 その願望は、心の奥底に仕舞った。だけど、厳重に蓋をしても蓋をしても蓋をしても、たまに滲み出てきてしまう。 好みの服を見た時。可愛いアクセサリーを見つけた時。おしゃれな下着を見つけた時。素敵なカフェの前を通った時。写真映えする料理を見つけた時。 あらゆる場面で、世界はわたしを誘惑してきた。だけど、その度に思いとどまる。わたしが可愛いと思う行動を取れば、傷つくのは自分だと。 「あの顔面に似つかわしくないことしてる~」 そう言われるのが関の山だ。 気が付けば、仕事場であるスーパーと自宅を行き来するだけの生活になっていた。 今の仕事である配信業を見つけたのは、そんな時だった。 わたしがわたしである以上、可愛いと思う行動は取れない。だけど、わたしでない誰かになれば、わたしでない可愛い誰かになれれば、可愛いと思う行動を取れる! わたしはすぐにアバターを得るための手続きを取った。お金がかなりかかったが、仕事場と自宅を行き来するだけの生活で、実家暮らしだったおかげで、お金は自然と溜まっていたからギリギリ何とかなった。 そして、手に入れたアバターで配信を始めると、瞬く間に人気が出た。 知らない誰かが、わたしを可愛いと褒めてくれる。勇気を出して行ったパンケーキ屋さんの写真を公開すれば、いいねの嵐になった。わたしの他愛のない一言で、コメント欄が笑いで溢れる。 わたしにとって、これは天職だった。 スーパーの仕事を辞め、わたしは配信業一本に絞った。 けれど、わたし自身の醜さが変わったわけではない。 それを、些細なきっかけで思い知らされることになる。
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