輪廻の中の小さな再会

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港町の風は死んだ生物の匂いがする。 君の身体も、同じ匂いがしたね。 輪廻の中の小さな再会 矢野クロスケは、家から歩いて行ける港に来ていた。 クラスメイトの水戸レイジが隣に居る。いつも、彼が連れてくるのだ。 今日は沖漁から帰って来た船が、アジを卸している。 生きたままの形の魚を、美味しそうとは思わなかった。 「そろそろ森に行く」 クロスケが眼鏡を掛け直しながら言うと、レイジは彼を見て頷く。 「探し物の当てを見に行くのか?」 クロスケも頷いた。 「なんだか、今日こそ見つかる気がするんだ」 「なら早く行ってきな」 レイジが手を振ったので、クロスケはその場を立ち去る。 森は港から二十分程歩けば着いた。それだけでこの島の小ささが伺える。 空を見上げ、カラスの後を歩いた。そうすれば目的地に着く。 青々と茂る木々の中に、その家は在った。 屋根にカラスが沢山留まっている、小さな古い木造の家だ。 クロスケがこの家に来た回数はもう数えていない。 こんにちは、とだけ言いながら中に入った。 こんにちは、と返すのは、店主のヨクシャという男だ。 正しくは、"今は"男である。炎の様なぼさぼさの赤髪と氷の眼を眼鏡で遮断している彼は、魔法使いだ。 そんな冗談みたいな人間だが、クロスケも前世は彼に使えていたカラスだった。 クロスケにはその記憶が有るからそれを真実だとしている。ただ、それを人に信じてもらおうとも思っていなかった。 だがレイジは迷い無く信じてくれている。それだけで良かった。 「今日も来たんだね。ここ毎日じゃないか」 「だって、早く会いたいから」 カラスだった時に出逢った仔猫。 彼との思い出も覚えている。 一緒に残飯を漁り、昼寝をし、そして、仔猫は車に轢かれて死んでしまった。 彼もまた転生している筈だ。 クロスケは、その彼を探していた。 電気を点け明るくなった内部にクロスケは足を入れる。 ヨクシャは、いつも通り机の上に桶を置いた。 その桶は銀の装飾がされ、中に水が入っている。 それは占いで使う道具だった。 水には魔力が混ぜられていて、覗くと望むものを映すとされていた。 まだ、クロスケは水鏡に捜し者が映った事は無い。 それでも、諦めず毎日覗いていた。 「今日こそ見つかるといいね」 そうヨクシャがしゃがれた声を掛けた時、クロスケは瞬きをした。 自分の顔以外の、何かが見える。 それは森の中の、一番大きな木だった。 クロスケは走った。 運動は苦手だが、この時は何故か走れた。 その大樹は森の一番深い場所に有る。 黒の少年は、惹かれる様に走った。 そして、彼は其処に居た。 青々と茂る大樹の根元。ぐったりと寝転ぶ"柴犬"が居た。 ナアくん クロスケは、前世の名を呼んだ。 滑る様に駆け寄り、泥だらけのその姿を抱き締める。 柴犬は、弱々しく鳴いた。 クロスケは柴犬を抱えヨクシャの家に戻った。 柴犬は弱っていた様だったが、ただ空腹なだけで水と食べ物を与えたらけろりと元気になる。 クロスケは胸を撫で下ろした。 「この子がそのナアくんなのかい」 ヨクシャに問われ、頷く。 それは確信していた。根拠を問われると困るが。 柴犬はきょとんとした顔で二人を見つめていた。 古家の前で体を洗ってやると、柴犬は身震いして水滴を飛ばした。 綺麗になってみれば、なかなか愛嬌のある顔だ。 クロスケの前で座り尻尾を振るあたり、賢そうでもある。 「この子には呼び名が必要だね」 ヨクシャはクロスケ越しに柴犬を見つめて言った。 「ナアくん、じゃだめなんですか」 「それでもいいが、それは"仔猫の"彼の呼び名だ。大切にした方がいい」 クロスケは黒曜石の眼を落とし、考える。 しかし、思いつかなかった。 「だから、オレに名前付けろって?」 全ての経緯を話すと、レイジは鳶色の眼を丸くした。 「あと、この子を飼えないかと思って」 あー、とレイジは声を出す。 「犬飼いたいなんて言い出せないもんな、クロスケの家」 う〜ん、とレイジは首を傾げた。 「まあ、普通にポチでよくね?」 「覚えやすいね」 「おいおい、冗談だったんだけど」 しかしクロスケに異論は無かったので、流れでそう名付ける事にした。 君はポチだよ、と柴犬に話し掛けると、わんと返事をする。 レイジの家は昔も犬を飼ってたぐらいなのでポチはあっさり引き取られた。 それからクロスケはポチの事が気になり過ぎて、学校前と後にレイジの家に行き、二人でポチの散歩をする様になった。 毎日の様に顔を合わせれば、ポチもクロスケを覚える。 話しかければ、いつも嬉しそうに尻尾を振っていた。 「それにしても、クロスケは本当にポチが好きだな」 「うん。好きだよ」 それは恋心だったのだが、レイジはきっと気づいていない。 カラスと仔猫だった頃の付き合いが長いわけでもなかったが、あの頃も彼が好きだった。 愛に種は関係無いなどという話を思い出す。 クロスケは薄茶色の毛を撫でた。 でも、そんな幸せな時間も長くは無かった。 あの日も、太陽が強い日だった。 レイジに連絡を貰い、学ラン姿のまま走る。 レイジは家の前で待っていた。ぐったりとしたポチを抱えて。 クロスケは柴犬の名を叫び、出逢った時のみたいに滑る様に駆け寄り抱き締める。 しかし、その身体は既に冷たかった。 「急に、本当に急で、」 レイジは嗚咽を漏らす。クロスケは、何も言えなかった。 ポチの薄茶色の毛は白いものが混じっている。 犬の寿命は、人間寄りも遥かに短かった。 ポチ、ポチ、とクロスケは名を呼ぶ。 柴犬は、返事をしなかった。 黒曜石の眼から、泪が溢れる。 「……また、逢おうね」 でも、クロスケは絶望などしていなかった。 輪廻を信じて。 おやすみ、ナアくん。 ただ最後に、昔の名で呼んだ。 洗濯物を物干しに掛けていた相沢タダノブは、有島アキノの視線を感じ瑠璃の眼を向けた。 すると、彼は呟いた。 「相沢って犬みたいだよな」 「は?」 アキノの言葉に怪訝そうな顔をしたが、言われた意味はわかる。 タダノブは世話焼きで、特にクロスケには甘かった。 出逢った時から、なんとなく側に居たいと思う。 それは、前世が犬だからかもしれないと、思わなくもなかった。
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