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トーマスは顔を引き締めさりげなく周囲に視線を走らせた。近くに人がいないことを確認すると、コティとメアリの近くに寄ってきて、自分とイブリンで挟むようにして歩き出した。
「なに? どうしたの?」
メアリが不安そうな顔で聞きながら、隣を歩くコティの腕に自分の腕をからめた。
「スリですわ。こんな人が多い場所でチケットを出すなんて、わたくしが不用意でした。申し訳ありません。
ですが、ご心配いりませんよ、メアリさま。トーマスがいますし、わたくしもいっそう気を引き締めてお守りします」
四人は前売りのチケットを持っている人用の入場口から、サーカスのテントの中に入った。トーマスが先に入り、メアリ、コティ、イヴリンが続く。
テントの中は薄暗く、床は土のままなので、埃っぽい空気だ。まだ開演していないので、動物たちの姿はない。しかし何度も講演しているので、かすかだがいろんな獣の入り混じった臭いがする。
「うっ」
コティは口元を手で押えた。気分が悪くなるほど臭いわけではなかった。サーカスにいた時と同じ臭いに、体が拒否反応をおこしたのだ。
「コティ、大丈夫?」
メアリがコティの肩を抱く。コティはなんどもうなずいて、なんとか吐き気を抑えつけようとした。
――もうサーカスとは関係ない。団長ももうわたしを鞭で打ったりできない。大丈夫。大丈夫だ……
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