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メアリが反射的に自分の腕の匂いを嗅ぐ。
「メアリの匂いならバッチリにゃん」
コティはいたずらっぽく笑った。
「わたしの席には、代理を座らせればいいでしょ?」
コティは離れた場所に座っているイヴリンに、手を振って合図すると、手話で自分の席に座っているように伝えた。
イヴリンがぎょっとした様子で、手話でのんびり返事を返す余裕もなく手でバツ印を作って返してきたが、かまわずコティが腰をあげると、イヴリンも慌てた様子で席を立つのがみえる。トーマスが早くも席を離れ、こちらに向かって来ているのが見えた。メアリに送った手話を、トーマスも見ていたのだ。
「いけないっ! トーマスとイヴリンが来たら、絶対に引き止められちゃうにゃ。メアリ、あとをおねがい!」
コティはそそくさと席を立つと、観客席の後方に向かった。
――さすがにこんなに人が多くては、個人の匂いはわからないけど、人が少ない場所ならもしかして
さいわい、公演が始まりピエロが口上を述べ始めていた。観客はようやく始まった舞台にくぎ付けだ。コティは聞き覚えのある声に、チラリと振り返った。
舞台の上でスポットライトを浴びて立っていたのは、ピエロの仮装をした団長だった。でっぷりした腹に汗でてかっている額。目は青くくまどられ、丸くて赤い玉を鼻に着け、頬に涙が一粒描いてある。
――あのピエロは……、団長! 昔とぜんぜん変わっていない……!
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