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辺境伯が目深にかぶっていた茶色のマントのフードを手で少し持ち上げると、灰色の目が表れた。白銀の髪がフードからはらりとこぼれ、白い顔をふちどる。皺ひとつない顔は二十代と言ってもおかしくないが、静かに凪いだ瞳は老成しており、若者特有の輝きはない。
辺境伯は灰色の目を細めて、昏い森の先を見た。光彩がしぼられ小さくなると、シルエットのように見えていた森が、昼間のような姿で眼前に展開する。
「あれは……」辺境伯の喉がヒュッと鳴った。樹々の間から、狼たちが獲物を遠巻きにぐるりと取り囲んでいるようだ。右に左にうろついている狼たちの隙間から、獲物がチラチラと見え隠れする。辺境伯がさらに目を細めて焦点を絞ると、輪郭がはっきりと浮かび上がってくる。
「まさか、人間かっ?」
小さく叫び、次の瞬間にはもう、馬の腹を蹴っていた。怯えていたはずの馬は、主人の強い意志を感じ取ると、迷いなく狼の群れの中心に向かって森を駆け出していった。
辺境伯は馬上で腰をあげ、手綱をいつもよりも短く持って前傾姿勢になる。馬はスピードを上げ、樹々を縫うように走っていく。辺境伯は時に頭を下げて、樹から張り出した枝をくぐり抜ける。狼の咆哮がぐんと近くなる。
急速に接近してきた馬に気が付いた狼たちが、吠えたてる。不可侵の密約を犯した者が容赦されることはないのだ。安全と引き換えに近づくにつれ、狼たちの獲物がはっきりと見えてきた。
イラスト:水色奈月さま
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