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――まだ小さい。せいぜい10歳か11歳程度だろうか? おそらく少女だろう。しかしこの寒空の中、コートを着ていない。いや、コートどころか、薄い肌着一枚……、いや、それも違う。肌着でもない。なんだ? あの生地は。見たことがない。
少女は頭から足先まで、まるで、卵の薄皮のような、半透明に透ける膜に包まれていた。両足を胸に抱え込み、胎児の形で丸まっている。
馬が狼の囲いを飛び越えた。少女の横をすり抜けざま、辺境伯は体を大きく傾け、地面にうつぶせに倒れている「人間の卵」に馬上から手を伸ばす。スピードを落としたら、身軽な狼たちに囲まれてしまう。灰色の虹彩を最大限絞り、少女を包んでいる膜のわずかな凹凸を見極め、指を絡めて握り込む。
「破けないでくださいよ!」
幼いとはいえ、15キロはあるだろう。少女の重さに体がもっていかれそうになるが、拳を握り込むようにしてこらえる。腕が引き締まり、はっきりと筋肉の形が表面に浮き出る。歯を食いしばって全身に力を入れて体勢を戻しかけた。
しかし新鮮でやわらかくいかにも旨そうな獲物を横から奪われた狼達が、おとなしくしているわけがなかった。何匹もの狂った目をした狼達が、獲物をぶら下げている無防備な腕に飛び掛かってきた。獲物に噛みつかれないように腕をひねって避けようとしたところに、狼の牙が喰い込んだ。
「くっ! 離しなさいっ」
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