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犬が話せるようになったのがいつからか、思い出せないくらい、犬が話すということがもう当たり前のこととなってしまった。とある国の研究機関から蔓延したウイルスが犬にのみ潜伏し、こういう不可解な現象を引き起こしたのだ。
やがて"犬人"と呼ばれるようになった彼らは、いよいよ国の政治に参入するまでになった。
「犬にだって人権はある」
"犬も人も平等に!"が街のどこかしこで謳われ、犬人として初めての大統領が選出されることを正義かのように主張する。ペットショップでは犬が飼い主を選ぶようになり、野良には給付金さえ渡った。
国が、ある女性と犬人との結婚を認めたことを境に、犬人はあらゆる人としての尊厳を求めるようになった。
「犬人にも人を飼う権利を!」
メス犬人初の議員がマイクの前で述べる。それを8割の人間議員と2割の犬人議員が聞き、犬人議員のみそうだそうだと口々に同意を示した。
しかし、今まであらゆることを許してきた人間大統領がこれには難色を示す。
「それは難しい話だ」
「何故です?犬も人も平等であるならば、許されて然るべき問題ですわ」
生中継で討論される議会をテレビで見守る。そんな僕の隣に、にゃあと鳴きながら猫のリリーが座った。
「もちろん、我々も言葉を話せるようになった犬人の皆様の意見は尊重したい。しかし、それだけではないか」
「それだけとは?」
「あなた方は四足歩行だ」
人間と犬人の大きな違い。それは手が使えるか否かだ。
今マイクの前に立っている犬人のメス議員も、資料を作成したのは専属秘書の人間だろう。同様に、すべての犬人議員には専属の人間秘書がついている。
「言葉は話せるが人間と同じことはできない。餌はあげられますか?トイレの補助は?犬人専用のスーパーを作ることは可能だが、そこで働くことはできないだろう」
最もである。犬は言葉が話せるということで要らぬ知識と欲を出すようになった。
「あなた方は犬を侮辱するんですか!」
「話の論点が違う。我々は現実的な話をしているんだ」
「いいえ、違いません。人間にも手足がない方はいらっしゃるでしょう。その方たちを"あなたは手足がないから人間ではない"と仰るんですか?一般的な"人間"と同じように動けないから平等にはできないとでも?それは差別に値します。そんな愚かなことはしないでしょう。私の周りは、犬人を"立派な人間"だと言ってくださいますわ。こうして議会に立って、人間であるあなたとお話できていることが何よりもの証拠です」
あちゃー、と思った。これは犬人側が負ける。出してはいけない切り札を出してしまったな。
「なるほど。今あなたが仰った言葉が何よりもあなた自身を"犬"だと肯定している」
「なんですって?」
「私は周りの人間に"あなたは人間だよ"なんて言われたことはない。あなたは?周りの人間に"あなたは犬だね"なんて言われたことはありますか?ないでしょう。それは当たり前にあなたが"犬"として生まれたからです。あなた自身が"犬であること"に疑念を抱いているからこそ、周りは"いいや君は人間だよ"と否定してあげているに過ぎない」
「なっ!」
「人間には人間のできることを、犬人には犬人のできることを。生活を補い合っていくことは大いに結構。ですが"平等"と"公平"は違う」
素晴らしい人間の論破に拍手を送りたい。リリーも目を細めて僕を見上げた。
「犬も人と平等に、その精神は変わらない。しかし、生物学的に違うところがある以上はそれを手放しで改革するわけにはいかないのだ。我々人間はなるべく犬人に寄り添っている。そのために犬人専用のスーパーも公園に犬人専用のトイレも作った。あなた方が過ごしやすいように、変えられるところは変えていきましょう。しかし間違っても、権利と欲を履き違えないでいただきたい」
大統領の主張により、議会は幕を閉じた。スッキリした終わりに伸びをして、立ち上がった。
ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴って、玄関まで迎えに行く。
「はいはーい、おかえりなさーい」
声をかけると扉が開いて家主のエマが顔を覗かせる。
「マックス!ただいま!いい子にしてた?」
「もちろん」
わしゃわしゃと僕の頭を撫でる。主人であるエマのこの手が好きだ。彼女は僕を大切にしてくれる。人間が好きだ。対等になっても、人間を飼いたいなんて微塵も思わない。
「今日はマックスの好きなビーフジャーキー買ってきたよ!」
「本当か!ありがとうエマ!リリーには?」
「もちろんチュール♡」
こうして1人と2匹、幸せに暮らせているのだ。これが平等でなければ何と言うのだろう。
fin.
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