ハロー・マイプリンス!

1/10
前へ
/648ページ
次へ

ハロー・マイプリンス!

 最初に目に飛び込んできたのは、一面の青だった。  明るい森にきらきらと木漏れが舞っている。足元には、釣鐘(つりがね)型の青い花の群生。その美しい光景がはるか先まで続いている。  青い花の名は、ブルーベル。その素敵な花の名前をトトはちゃんと覚えていた。それなのに――  一面のブルーベルを足で踏んづけないように気をつけながら、トトは森の中をさまよい歩いていた。  自分がどこから来たのか、どこへ行けばいいのか、さっぱり見当もつかないまま。 (どうしよう。どうしよう。どうしよう)  何も思い出せなかった。分かるのは、トトという自分の名前。たぶん歳は十歳。この花の名前は思い出せた。あとは――  明るい森の中にいるくせに、暗がりを手探りで進んでいるみたいだった。さっきから森の中はしんと静かで、小鳥のさえずりと蜜蜂の羽音しかしない。  何かに頭をぶつけたりして、一時的に記憶が混乱しているだけなのかも。きっとここは自分の家の近くで、歩いていればそのうち知っている誰かが―― (でも、どっちに行けば僕の家があるんだっけ。僕の家族は――?)  いつまで経っても何も思い出せない。不安で不安で、小さな掌で自分の頭をトントンンと叩いた。 「……何で。何でなんにも思い出せないの……」  じわり、と目頭が熱くなる。  こんなにきれいな森なのに、怖くて怖くてたまらない。さっきから誰にも出会わないせいで、世界中にたったひとり取り残されてしまったような気がした。  トトの小さな心臓がばくばくと音を立てる。
/648ページ

最初のコメントを投稿しよう!

213人が本棚に入れています
本棚に追加