第27章 雷鳴の夜

3/13
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「それに、高橋くんがキャラ作ってるときとか猫かぶってるとき、結構こっちは普通にわかるからさ。あー今なんか言いくるめようとしてたなとか、やけにいい顔してみせてるなとか。だから他の人に通用してもどっちみちそういうの通じないよ、わたしには」 「…うん」 自分でもそこまでかな。と思いつつも、ちょっと大袈裟に請け合ってみせる。すると効果覿面、彼はその言葉が胸にじんと響いたような顔をしてから、ややあってしみじみと呟いた。 「…純架のそういうとこやっぱり好きだ。なんか歳が離れてるとかは関係なく。こっちのことちゃんと見透かしてくれてるっていうか、敵わないなっていうか…」 「え。今、何て?」 本人はただ感慨深くて思わずぽろっと独り言を口にした、ってだけみたいだけど。わたしの方はそれどころじゃなく、ぐいと身を横に乗り出してさらに彼に間近に迫って問いただす。 「好きって言った?好きって言ったよね、今?それって、恋愛対象として?ただ人として好きみたいな話だとか言わないよね。友達としてだよ、とか。わたしの方はそういうの要らないんだけど、もう今さら」 「友達としてじゃないよ…。もちろん、人としても純架のこと。好きだけどさ」 一応そう答えてはくれるけど、なんなのその気が進まない感じ。気圧されてるっていうか。不承不承っていうか。 わたしはその態度が素直に納得いかなくて、やや下から高橋くんの目を見上げて真っ向から尋ねた。 「だったら、複雑に考える必要ないんじゃないかな。わたしは高橋くんの事が好きになった。高橋くんがそうじゃないなら仕方ないと諦めてたけど、ちょっとでもそういう気持ちがなくもないんなら…。応えてくれないの、わたしに?」 「応えたい。気持ちは、ある。…けど」 何でそんな苦渋の選択を迫られたような声を絞り出すんだ。好きな子が好きだって言ってくれた、って局面なんじゃないの、これ? 彼はたまりかねたように布団の下で片手を持ち上げたかと思うと、何故かわたしの頭をよしよしと撫でた。そのまま温かな手のひらで、愛でるようにゆっくりと何度も髪を撫でつけながら独り言みたいな口調で述懐を続ける。 「でも。法律がどうだとかいう問題じゃない、自分で自分がなんか許せないんだよ。君は俺たちが対等だって言ってくれたし、カンちゃんや周りの人たちもあんなに歳が離れてるのに…とか白い目で俺を見たりはしないと思うけど」 「うん」 こくこく頷き肯定しながら考える。そうか、だったら他人の目にどう映るかを気にしてるわけじゃないんだな。 「でも、ほんのちょっとだけ思うんだ。集落の中にいたときは君のことは本当に友達だと思ってたし。遠藤さんに疑われて突っ込まれたときも本心から頑として邪な思いなんかない、って主張できてたけど…。でも、それって事実だったのかな。俺は自分でもうっすら気がついてたけど、ただ認めたくないだけだったんじゃないか?結局こっちに来てから間もなくすぐにこんな気持ちになったことを考えたら…」 もの思いに耽るように呟きながら、わたしの頭を撫でる手は止めない。まるで自分の考えに深く捉われて意識がお留守になってるみたいに、無自覚にその手が動いている様子だ。 だけど手のひらの感触が実に優しくて愛おしげで、その動作から彼が心の慰めを得ているのはしっかりと伝わってきたから。わたしは文句を言わずにされるがままになって、その台詞の続きが出てくるのをただ大人しく待った。 「…もしかしたら俺は、深層心理では既にそのとき純架のことを特別に思ってて。離れたくない、これっきりなんて嫌だと思ってたから君を無理やりに集落からここまで連れ出したんじゃないか?って。本当は遠藤部長に指摘された通りで、純架のためじゃなくて単に自分のために。君を大切に思ってる家族や友人からあえて引き離したのかなって。そういうエゴイスティックな理由で…」 「そんなことないよ」 彼の声に滲む苦悩の色が濃くなり、わたしは急いでどこまでも続きそうなその言葉を遮った。 「そんなはずない。…ていうか、高橋くんがわたしと離れたくないって理由でここまで連れてきてくれたんなら、それはそれでちょっと嬉しいけど。でも絶対にそれだけじゃない。わたしにはわかるよ」 彼にしっかりと身を寄せて肩を押しつけ、低い声で囁いた。 「生まれたときから知ってる人しかいない狭い社会で死ぬまで生きていけるタイプじゃない。ってわたしのことを見抜いてくれて救われた。ずっと何とも言えない居心地の悪さをどっかで感じてて、消せなかったの。自分でもそれがどうしてかわからなくて…」 学校を卒業したあと、何とか名目上天気観測っていう職をもらって。昼日中からあてもなく一人で人けのない場所を求めて集落中を彷徨ってたあの寄るべなさをありありと思い出した。 あのときの孤独を思うと。今薄暗い部屋の中で、ぴったり隣にくっついてる頼もしい体温とふわふわの布団の暖かさにため息が出そうなほど安堵する。…ここならきっと大丈夫。わたしは居場所を見つけたんだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!