第27章 雷鳴の夜

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「家族も集落もわたしも悪くない、単にそういう性格なんだ。高橋くん自身も含めてそんな人いっぱいいて、みんな生まれた土地を出て行ったあともほどほどの距離を置いて上手く付き合ってるんだよって教えてくれて。…ああ、そうなんだ。別にそれでいいんだって心の底からほっとした」 わたしの頭を撫でてるその手を取って、しっかりと指を組み合わせて握りながら静かに話し続ける。高橋くんの身体がびく、と軽く慄いたように感じたけど。特にそのあと何も反応は示さなかった。 「集落の中だとわたしみたいに感じてそうな人は他にいなかったから。高橋くんが来てくれて連れ出してくれなかったら、わたし、ずっと上手く言えないしっくり来ない感じを一人で抱え続けてるしかなかった。だから、別にあなたの動機が個人的な理由でもエゴイスティックでもいいよ。それでわたしが救われたことには変わりないんだし」 「いや、そういうわけにはいかない」 せっかく優しく手を握っていい感じに話をまとめようとしたのに。彼は手を握り返しはしつつも、やけにきりっとした声で頑としてわたしのフォローを跳ねつけてきた。 「純架は優しいからそう言ってくれるけど。俺が君のため、とか図々しく自分に言い訳して無茶なことさせたのには変わりないだろ。泳げないのに海を渡らせたり、家族を心配させるってわかりきってるのに周りの人たちに黙って見知らぬ人だらけの場所に連れてきたり…。この先だってそうだ。集落と日本との関係が結局どう落ち着くか。未だ結論も出ていないのに」 口調は強いけど、わたしの手を包む厚い手のひらは柔らかくて温かい。決して離さずしっかと握り直して、彼は熱を込めた口振りでさらに主張した。 「そもそも、俺が集落に行ったのは国から依頼された調査のためだった。なのにそれとはまるで関係なく、勝手に君の人生にずかずかと分け入って手を突っ込んで行って…。自分が故郷から逃れて楽になれたから、きっと純架も同じだと思い込んで。結果君が俺の望むように気分的に楽になれたんならよかったとは思うけど。それでも、蓋を開けたら単に自分が離れたくないっていう私欲を満たすためだったのに、お為ごかして君を危険に晒したのには違いないし。申し訳ないよ」 「でも。結果が良ければ全てよし。でしょ?こういうのって」 なかなか納得してくれない彼に焦れて、わたしは温かい手に掴まって頭を彼の肩にすりすりさせて甘える口調で訴えかけた。 「高橋くんの動機が何でも、わたしの心が救われて。今はここであなたと一緒に仕事して過ごしてる毎日が楽しくて幸せなんだから、それでいいじゃん。そりゃこの先どうなるかなんてまだ全然わからないけど、それは誰だってそうでしょ?集落だって上手くいけば、何年か先には。日本国に対して開かれて、わたしもこっちと普通に行き来できるようになるだろうし…」 「でも、まだそうなると決まってはいない。可能性は高いと思うけど。今の時点では決定事項じゃない」 やっぱり頑なにそこにこだわる。 高橋くんは顔をこちらに向けて、ふと象のような和らいだ優しい色をその目に浮かべて間近なわたしの目を覗き込んだ。 「いろんな理不尽を私情でガン無視して突っぱねて、わざわざ君を自分の手許に置いた。今は純架もそれでいいって言ってくれて、俺をそれなりに憎からず思ってくれてるみたいだけど…。でも、まだ結論は出てないよ。ここから思わぬ方向へと急激に展開が変わっていくかもしれない」 何言ってんの。 高橋くんはむしろ得意げに思えるくらいの勢いで、滔々と予想できる悪い事態を並べ立てた。まるで最悪の予測を立てられた人が優勝、と決まってでもいるみたいに。 「いくらでも考えられるよ、このあと予想もしてない出来事が起こる可能性なんて。例えば、結局日本があの土地の開放にいつまで経っても手をつけずに先送りばかりして。十年二十年経っても君が集落に戻る目処が立たない、とかさ」 彼の手を握ってじっと上目遣いに考え込んだ。…それくらいは、まぁ。 「あるかもね。…でも、それはしょうがないでしょ。誰のせいでもないじゃん?」 国が決断できないで余計に時間を食う、なんてことはいかにもありそう。でも、だからと言って。わたしをあそこから連れ出したことが間違いだった、とはならないし。 そうぼそぼそと呟くと、高橋くんは厳然と首を横に振った。 「いや、そうなったらやっぱり俺のせいだよ。調査結果を受けて国が絶対に集落を普通の状態に開放する、って確証もないのに早まった。本当なら、集落と正式に行き来が出来るようになってから落ち着いて君を迎えに来ればよかったのに。何年何十年先でもその方が…。君をお母さんやお父さん、麻里奈ちゃんから取りあげないで済んだ。密航するみたいにこそこそと逃げ出させるより。純架だってその方が安全だし楽だったはずだ」 「うーん。…でもそれだと。それこそ、何十年先のことになるか」 そしたら絶対に高橋くん、わたしのこと忘れて誰か綺麗な人と幸せになっちゃうじゃん。そう考えると確かにそっちがよかったよね、なんて。安易に同意しかねる。
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