第27章 雷鳴の夜

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「他にもいろいろ考えられるよ。今は俺しか頼る相手がいなくて、だからこそたまたま有能で輝いて見えてるかもだけど。これからもっといろんな男に出会うだろ、東京で」 それはそうだろうけど。 「そしたら何であんな大したことない男がいいと思ったんだろ、あれより絶対レベルが上な人こんなにいっぱいいるのに…とか。見る目が出来たら後悔すると思う。今はまだ知り合う人間の絶対数が少ないから」 きっぱり言い切られて、いや神崎さんとか得意先の新村社長とか、宅配便のお兄さんとかわたしにももう結構知り合いいるよ。とかはなんか微妙に言いづらくなってしまった。 その人たちはわたしにとって高橋くん以下なんだ、って断言するみたいに聞こえるのも困るし。正確に言えば上か下かじゃなく、『違う』ってのが一番大きいんだと思うが。 …でも。まず、これだけは言いたい。わたしは恐るおそる、教室で遠慮がちに意見を言うときみたいに小さく手を挙げて発言した。 「あの、人を好きになるのって。知り合いの人の総数が多くなればなるほどうろうろ気持ちが変わるとかそういうことではないと思う。この人だ!って確信するときって。レストランのメニューの選択肢が増えると目移りする、みたいなこととは。あまり較べられないんじゃないかな…」 それとも高橋くんはそうなの?と重ねて訊かれると察したのか、こっちが尋ねるより早く彼は勢いよく応じてきた。 「もちろん俺はそうだけど。純架が同じとは限らない。そんなの人によるし、目移りするのだってその人の自由だ。気が変わるなんて酷い、とか責めても相手の気持ちは元に戻らないだろ」 「そういう意見には概ね同意だけど…」 わたしは思いきって彼の手に指を深く絡め、やや上体を伸ばしてその耳の近くでそっと低い声で囁いた。 「…もしかして。高橋くんは、わたしの気持ちがこのあと簡単に変わっちゃうかもっていうのが。ちょっとだけ怖いんじゃないの」 「う。…ん」 そうかなぁ、と首を捻りながらそれとなく顔を逸らして距離を置く。さすがに近すぎたか。 けど、わかるよ。わたしも同じかもしれないから。 少しだけ離れた分、顔を正面から向きあって目を合わせることが出来る。彼を説得しようと眼差しに力を込めて言い切った。 「そんな心配要らないよ。わたしにはわかるんだ。高橋くんは他の誰とも違う。集落の人たちと違うってだけじゃないの。こっちに来てわかった。…外の世界の誰と較べても、だよ。あなたは世界に一人だけ」 「うん。…だからさ。そう言ってくれる気持ちは嬉しいけど、純架が」 さっきから指を絡めたり熱を込めて下から目を覗き込んだりするとやけにそわそわするな。 ほんのつい最近まではわたしがどんなに接近してもまるで動じた風もない反応だったのに。気持ちをはっきり伝えるとこうも違うのか。まあ、シチュエーションも暗い部屋のベッドの上で深夜に二人きりだし。改めてよく考えると際どいかも。 「言葉でどう言っても実際に将来どうなるかは誰にもわからないだろ。だから、それをお互い自分の目で見届けてからの方がいいと思うんだ。例えば君はまだ十代だから、一応成人に達してはいるとは言っても。念には念を入れて二十歳になるまでは様子を見る、とか」 「えぇ〜、まじでか。来年じゃん…」 思わず失望の声を上げてしまった。せっかく十九になって、高橋くんとの年齢差もちょっとだけ縮まったと思ったのに。また離されちゃうよ。 「お互い好きってわかったのに、あえてそんなに待つ必要ある?一年ってすっごく長いんだよ、人生の何十分の一だと思う?そんなに無駄に過ごしたら。わたしあっという間にお婆ちゃんになっちゃう…」 「何言ってんの」 こっちは別にふざけてるわけでもない。至極真剣に不服を訴えたんだけど、言葉の選択ミスったのか。今度は高橋くんの方が容赦なく呆れた声で聞き咎めてきた。 「十九から二十歳なんて、周りから見たらほぼ何も違いないよ。子どもがほんの数歩程度大人に近づいたくらいでしょ。それを言うに事欠いてお婆ちゃんとか…。本物のお年寄り舐めてんの?あのねぇ、若い子はよく気軽にそういうこと言うけど。ベテランの大人から見たら来年の純架なんてむしろまだ赤ちゃんだよ、赤ちゃん」 そこまで言わなくても。と思わず憮然となる。彼はわたしの手をしっかりと握ったまま、腹に据えかねたような勢いでさらにまくし立てた。 「それに君の言うことには事実誤認が含まれてる。純架はね、歳なんて取らないの。何年何十年経っても君はそのままだよ。可愛さも綺麗さも変わらない。それは断言出来る」 「何言ってんの。…見てきたような、適当なこと言って」 いきなり可愛いとか綺麗なんて、今まで彼の口から出てくるのを聞いたことない単語がぽんぽん飛び出してきて自分でも思ってたより狼狽えてしまう。 そんなこと、これまで全然言ってくれなかったくせに。ふざけてんのか?と思って彼の目をちらと見返すと、あくまでその顔は真剣だ。
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