第27章 雷鳴の夜

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「だって、君と同じペースで俺も歳取っていくんだから。一緒に並走して将来に向かって進んで行くんだよ、だから俺にとっては純架はそのままで変わらない。…それにきっと、外から見ても君はほとんど変化しないと思うよ。四十になっても五十になっても。愛くるしくてキュートで、おまけにクールで生真面目で…」 「ん、と。…それってわたしが四十、五十になっても。ずっと隣で一緒に歳を取っていてくれるつもりって認識で、合ってる?」 不意にその台詞の含みに気づいて、跳ねるように隣の彼に向き直ってしまった。 ほとんどプロポーズじゃん。と思うと、心臓がどっくんと音を立てて、何だろう、急に全身に熱い血が巡ってきた感じ。頬を紅潮させてわたしは夢中で彼に迫り、言質を取ろうと熱を込めて言い立てた。 「もしそういう意味なら。わたし、歳取ることなんてもう全然気にしないけど…。だってずっと高橋くんがそばで一緒に歳を重ねてくれるってことなんでしょ?そう約束してくれさえしたら、別にお婆ちゃんになるのだって。何も怖くないよ」 下から目を覗き込んでそう訴えたら、明かりの少ない薄暗い寝室の中で彼の瞳に何かの感情が僅かに動くのが見えた気がした。 「それは。…約束っていうか、ずっとそばにはいるよ。純架の方で俺にうんざりして離れてくれって頼んでくるか、他に好きな男が出来たって言われるまでは。いくつになっても近くで守るつもりだから、君のこと」 「…そう」 うっとりとなって上擦った声で短く呟く。そのまま彼の胸に身を寄せて、その腕の中に入り込もうとした。 彼は何故かそこでちょっと慌てて身を引く素振りを見せ、動揺した声を出す。 「え、と。…もちろん。君がもういいやって思うようになればそれで終わりだよ?こっちから無理やりくっついているつもりはないし。だから、俺のこと要らなくなったらそれは遠慮なく正直に言ってくれていいから。ちゃんとごねたりしないで引き下がるから、分を弁えて」 「ううん、いいのいいのそれは。気にしないで」 何でそんな水くさいこと言うの。とかもういちいち苛つく気にもならず、わたしは得々として宣言した。 「よくわかんないけど。高橋くんの方の意志でわたしから離れてく気はないってことなんでしょ。少なくとも今の時点では。…だったら別にもうそれでいいや。だって、わたしの方で離れたいって口にしさえしなければ。あなたはずっとわたしのそばにいてくれるって意味だよね?わたしのこと好きじゃなくなっても、他に好きな人ができたとしても」 「他に好きな人…。多分できないよ」 会話の内容は甘々と言えなくもないのに。そう呟く高橋くんの声はやや口ごもり気味に腰が引けた響きだ。 「だって、これまで生きてきてこんな気持ちになったのは正味で純架が初めてだから。自分は恋愛体質じゃないし、そういうのは全然なくても別に大丈夫な方だと思ってた。だけど、そんなの本人の意思やタイミングで決められるもんじゃないんだってのを思い知ったよ。…おそらく君の方でいつか気持ちが変わっても、俺は当分このままなんじゃないかな。別の相手にこういう感情を持つ自分が、どうにも想像つかないよ」 ぼそぼそした口調で全くテンションは高くないが。どう考えてもその要旨はわたしを舞い上がらせるに相応しい内容だ。 だって、生まれてこのかたこんな気持ちになったことない。君が最初で最後の恋だと思う、って言ってんだよねこれ?…え、あまりにも甘さ控えめの訥々たる語りのせいで脳が誤認しそうになるけど。普通に解釈すればそういう意味で、いいんだよ、…ね? この流れを逃すわけにはいかない。わたしは思いきって彼の正面に回り、とん。とその胸に頭を押し当てた。 わたしのことを本当は嫌いとかじゃないなら、服越しの接触そのものがめちゃくちゃ不愉快とまではいかないはず。 そりゃ無断でいきなりキスしたり身体を触ったりするのは、恋愛関係にある女側から男側に対してでも絶対御法度。セクハラだよっていう現代日本の常識もちゃんと理解してる。 けど、急に前触れもなく力尽くで抱きついたわけでもなし。ことんと額を胸もとに寄せた程度、このくらいはまぁ許容範囲じゃない?…と、一応頭の中で理性的に判断しつつ。 「…もういいよ、高橋くん。今すぐこっちの気持ちに応えられないならそれはそれで。わたし、待つから」 少なくとも二十歳の誕生日を迎えるまで。そうなったら高橋くんの認識においても完全に成人ってことだよね。二十歳と二十七歳、いやわたしの誕生日の段階だと彼は二十六か。 うん、誰にも文句は言わせないきちんとした大人同士の歳の差だな。と脳内で確認し、部屋着の柔らかな布地越しに彼の温かな胸に頬を寄せて囁きの先を継ぐ。 「あなたの気持ちが簡単には変わらないって言ってくれて、すごく嬉しかった。だからわたしの方も証明するから。…高橋くんと同じで、わたしも自分は恋愛体質じゃない。きっと誰のことも一生特別好きになんかならないんだろうなってぼんやり思ってた。それでもいいやって考えてたのに。…あなたに会って。何もかもが全部、いっぺんにひっくり返ったの」
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