第27章 雷鳴の夜

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それはもう。世界観も恋愛観も、自分はこういう人間なんだと弁えてたはずの思い込みも。 集落にいたときに捉えてた全てはそのままありのままじゃなかった。わたしの頑なな小さな世界を覆ってたドームがばらばらに砕けて散らばって、初めて見えたどこまでも続く青天井と海が広がってる本物の広々とした世界、そこにあなたが立ってたの。それが真実。 高橋くんのぴくりとも動かない胸板に口許を寄せてわたしは一生懸命に言葉を選んで囁き続ける。 「だから、ここで無理言ったりごねたりしない。高橋くんの言いたいこともまるでわからなくもないから。ちゃんと証明すればいいんでしょ?わたしが集落を出て、こっちに来たから幸せになれたことを。ちゃんと外での自分の役割を見つけて、生きる道を選べたことを」 離さずにいた指を絡めた手を解いて、そっと上から彼の手の甲に自分の手のひらを重ねて優しく撫でた。彼の心臓の辺りが僅かに波打ったような気もしたけど、あまりにも微かだったから単なる思い過ごしかもしれない。 「かと言って、完全に独り立ちして何の手助けもなく一人で生きていけるまでって言われたら。本当にあと十年あってもきついから、そこまでは勘弁してね。前向きに頑張って楽しく暮らしてる、くらいのハードルでいいでしょ?あと、国が集落をどうするかはわたしにはどうにもできないから。それはそれとしてで、二十歳になったらまたこの件について検討するってことで。どう?」 「う、ん。…そしたらまた、改めてそのタイミングで。…この話を…」 なんか歯切れ悪いなぁ。とやや苦しげな彼を不審に思いつつも、その言質は確実に押さえておきたい。わたしはぶん、と顔を上げ、その勢いにぎょっとなったようにも見える彼の顔を意気揚々と注視した。 「本当?じゃあ、約束ね。来年わたしの二十歳の誕生日が来たら、もう一度申し込むからそのとき判断して。でも、正式にお付き合いとはならなくても。今現在はわたしのこと好き、って思っててくれてるってことで。いいんだよね?高橋くんの方でも」 「う、ん。…もちろんだよ。そこは嘘とかないし」 漠然とそわそわした雰囲気はあるけど、それでもここは大事なところと腹を据えたのか。高橋くんも何とか暗い部屋の中でわたしの目をしかと見下ろして、最後はちゃんと力強い声で請け合ってくれた。 だったらいいかな。と受け止めて、わたしは薄明かりの暗闇の中で彼を振り仰いで晴れ晴れとした声でねだった。 「よかった。…じゃあ、嘘じゃなくて本気だってわたしに証明してみせて。ね、例えばキスとかはどう?今、ここで。…お願い」 「え。…えぇ、無理むり。心臓止まっちゃう、そんなの」 プレッシャーを与えないよう、ちょっとわざとらしく小首を傾げて可愛く気軽な調子で付け足してみせたつもりだったけど。 別にこんなの大したことないと誤認させようとしたわたしのそんな気配りは何の効果もなく、彼はぶわ。と二人を覆ってた布団が跳ね除けられてベッドからずり落ちるくらい、大袈裟に後ろに飛び退る。 思ったより大きな反応に、怒ったり失望するよりもちょっと笑えてしまう。わたしは湧き上がってきた笑みを何とか噛み殺し、彼を落ち着かせようと何でもない振りをして話しかけた。 「そんな、取って食われるわけじゃないし。…てか、高橋くんて。キスしたことないの?確か学生の頃には彼女とかもちゃんといたって」 聞いてるけど。と言いかけて、はてこれは本人から教えてもらったんだか、それとも神崎さんからの又聞きか?と迷って途中で止めた。幸い彼はそこに頓着する気はないようで、ぶんぶんと頭を横に振りつつ真剣に言い募る。 「そういう話じゃない。もし他の人としたことあったとしてもそれは今、全然関係ないじゃん。純架とはないんだから、過去は意味ないよ。…いや、絶対無理だから!理性飛ぶし。今だって何とかぎりぎり、平静を保ってるんだよ。女の子にはわかんないだろうけどさ…」 「へぇ。そうなの」 意外。高橋くんのことだから、断るにしてもやんわり大人の態度で如才なくかわすとばっかり思ってたのに。 どうせうんとは言わないだろうなぁ、からの駄目元だった。そういうこと言っちゃ駄目だよ、純架。もっと自分を大切にしなきゃとか、そういう方向で窘められるんだろうなって。 なのにこっちが想像もしてないくらいめちゃくちゃテンパっていて驚き。でも、ちょっと嬉しいかも。 相手が余裕ないとこっちは反動でむしろ落ち着いてゆとりも出てくる。じり、とにじり寄って頬に頬をくっつけるほど近づくと、彼は怯んだように軽く身を引いた。 「…それってさ。もしかして、キスしちゃったら理性が飛ぶかもってびびってるってこと?もっとしたくなったらどうしようとか」 「それは。…純架はそんなのキモいとか思うかもだけど」 目線が半端なくうろうろしてる。まあ、目と目をかっちり合わせながら女の子に向けて、自分の性欲について事細かに説明したくなんかないだろうな。そこは素直に同情したい。
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