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 その姿を見ると死ぬらしい。  ひそひそ話をする少年たちの間に、私は後ろから首をつっこんだ。 「なんの話?」 「わっ、びっくりした。急に入ってくるな!」  黒髪の少年、オルニスが即座に嫌そうな顔をする。クラスで一、二を争うやんちゃ坊主の彼は背が高く、女子の中では一番たっぱのある私とほぼ同じ位置に頭があった。目が合うとオルニスはつんと顔をそらしたが、横にいた眼鏡の少年・マケリがいつも通り穏やかに教えてくれた。 「プネウマだよ。いろんな噂があるから」  プネウマ。これから私たちが卒業試験で面会する相手だ。マケリが丸眼鏡の奥で遠くを見て言う。 「プネウマのことは文献にも書かれてない。その正体をみんな知らないから『見ると死ぬ』なんて噂が出たんだろうけど、僕はそんなことないと思う」 「なんでだよ」  不服そうなオルニスに、秀才のマケリは冷静そのものだった。 「考えてみてよ。魔法学校の生徒はみんな卒業試験でプネウマに会うんだ。先輩たちは毎年生きてここを出ていく。危険なもののはずがないよ」  昼日中の学校の廊下を、私たちC組の面々は二列になり談笑しながら歩いていた。先導する教師に連れられ、これから卒業試験を受けに行くところだ。魔法学校の卒業試験は「プネウマとの面会」と決まっていた。試験はクラスごとに行われ、すでにA組とB組が午前中にプネウマとの面会を終えている。 「でも……」  オルニスがいつになく弱気なのがおかしくて、私はその背を叩いてやった。 「大丈夫、私たちもう一人前の魔術師でしょ! 精霊の力だって扱える。マケリには(きん)の精霊の力が、オルニスには風の精霊、そして私にはこれがある」  右手をくるりとかえし空中に小さな火を(おこ)してみせる。ほんの微かな魔法だったのに、先頭を歩く教師が抜け目なく見つけ、睨みつけてきた。 「ファイ、ほら消して」  優等生のマケリが頭を下げる横で、オルニスはようやく戻り始めた調子でにやついていた。 「お前、試験で減点一じゃね?」 「うるさい怖がり」 「なっ、怖くねぇし!」 「ふたりとも言い争いはよしてよ。それに僕、プネウマよりももっと気になることがあるんだけど」 「プネウマより……?」  オルニスがさっと声を震わせる。きっとなにか極限に恐ろしいことを考えたのだろう。応えるように、マケリもいっそう声をひそめた。 「『夜の()』だよ」  夜の間――学校の西端にある部屋だ。そこへ入れるのはプネウマと面会するときだけで、どんな部屋なのかもよく知らない。 「そういえば『夜』って何?」  博識なマケリが辞書をひも解くよう、縷々(るる)と答えてくれた。 「太陽のない場所のこと」 「うそ」「マジか!」  反応を予期していたのだろう。マケリは一拍待って続けた。 「文献によると、外国には太陽のない地域があるらしい」  マケリは淡々としていたが、とても信じがたいことだ。国では、太陽とは一日中頭上にあるものだ。煌々と白く照るそれがないなんて想像もつかない。 「太陽がないと、どうなるんだ?」  弱々しいオルニスの声に私も同じ気持ちだった。卒業試験が行われる「夜の間」には明かりがないのだろうか。私たちの歩く外廊下は白大理石製で、陽の光をまぶしくはね返している。魔法学校の教室にはすべて大きな窓があり、いつも日光に照らされていた。明かりがない状態を体験する機会が、学校だけでなく国ではほとんどないのだ。バスルームやトイレでさえ、密閉製やプライバシーを考慮した上で、明かり取りの窓から日が燦々(さんさん)と差しこむように作られている。太陽がなくなったら――夜とはどんなものなのだろう。 「さあ、僕に聞かれても。でも死ぬことはないと思うけど」  銀縁眼鏡を押し上げるマケリの冷静さに、思わず胸をなでおろしていた。 「そうね、試験なんだし。プネウマだってきっと教員の誰かじゃない?」  それでも曇り顔のオルニスに、マケリは違和感をおぼえたらしい。 「どうしたの。君がそんなに怖がるなんて」  なにか知っているのかと水を向けられ、オルニスは渋々と口を開いた。 「さっき、A組の友達んとこ行ったんだ。試験がどうだったか気になって」  マケリが顔を曇らせた。試験の日、かってに教室の外へ出ることは許されない。見つかれば退学になりかねない行いだが、私にはオルニスの気持ちがわかった。彼ほど身軽に風の魔法を操り移動できたなら、私だって教師の目を盗み友達に会いに行ったかもしれない。 「それで?」 「A組もB組も教室にいなかった。おかしいと思ってホールの方を覗いたら――」  いつも集会に使われている広々としたホール。そこに、卒業試験を受けた生徒たちが並べられていたという。床に等間隔に転がされ、彼らは目を閉じぴくりとも動かなかったと。 「人に見つかりそうになったからすぐに戻ってきたけど、あれは――死体だった」 「まさか」  苦笑するマケリをオルニスは睨みつけた。 「本当だって! アニスも――A組の俺の友達も、たしかにそこにいた!」 「魔法で全員、行動を止められてたんじゃないか?」 「A組とB組の全員をか? なんのために?」 「それは」 「あんたの見間違いでしょ」 「見間違いなんかじゃない、あれは――っ」  オルニスが言葉をのんだのは、列の歩みが止まったからだ。先頭に立つ教師が黒い扉を示していた。 「この中で卒業試験を行います。中にプネウマがいますから、よく言うことを聞くように」  「夜の間」の扉は両開きで、真っ黒な金属でできていた。黒く磨かれた扉は鏡のようにきらめき、明るい廊下や生徒たちの不安げな顔を映しとっている。教師が一度ノックすると、つるりとした扉が軋みひとりでに(ひら)いていった。茫然と静まりかえった全員の意識を、教師が指を鳴らして引き戻した。 「さあ、中に入って! プネウマに認められないと魔術師になれませんよ」  列がゆっくり中へと進み始める。扉の奥は真っ黒で先が見通せない。列の先頭で時々、悲鳴にも似た声が上がった。三列、四列と同級生たちが扉の中へ消え、いよいよ最後方の自分たちの番がきた。きゅっと唇をかみしめると、オルニスがこの世の終わりのように隣で呻いていた。 「マ、マケリ……」 「落ちついて。僕もファイもいる」 「あんたビビリすぎ。ほら行くよ」  オルニスをふたりで両脇から挟み、三人ぴったり身を寄せ扉をくぐる。
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