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「とにかく、プネウマの言う通りにしよう」  中庭を囲う白柱の影でマケリが冷静に言った。視線は私ではなく、蒼白な顔で黙りこむオルニスへ向けられている。 「オルニス! 聞いてるの?」  私は自分のことで手いっぱいなはずなのに、オルニスのことが心配になった。質問の紙をぐしゃぐしゃにして握りしめたオルニスは、うつむいたまま瞳を怒りで光らせている。 「こんなの、間違ってる」  マケリが眉を吊り上げた。 「オルニス、しっかりしろ! これは卒業試験なんだ。あいつの言うことに惑わされちゃいけない」 「でも先に試験を受けた奴らはみんな死んだって。たしかにそう言ったんだぞ」 「嘘なんだよ。学校の卒業試験でそんなこと起きるはずがない」  オルニスは反論しなかったが、納得していないのは明らかだ。マケリも己の言葉にかすかな疑念を抱いているようだった。必死に言い聞かせている響きがある。 「ここでこうしてても仕方ないわ。とにかく答えを探しましょう」  私の言葉にふたりとも複雑そうに頷いた。手元の紙を見て困惑している。私たちに与えられた問いは奇妙なものだった。 『父と母、ふたりのうちひとりを助けるなら? ──ミスタ・オルニス』 『この世で一番青い色はどこにある? ──ミスタ・マケリ』 『家族、富、友。ひとつだけ守れるなら? ──ミス・ファイエル』  三人で見せ合った問いはどれも理不尽なもので、明確な答えはないはずだ。プネウマは、答えが金のオブジェとして庭にあると言った。どう答えるにせよ、とりあえずそれを見つける必要がある。私たちはひとまず散らばり、それらしい回答を集めてくることにした。  プネウマの言うとおり、中庭は思っていたよりもずっと広い。  庭を囲う白い外回廊の向こうにも、また同じように中庭が続いている。合わせ鏡の奥を覗いたときのように、同じ光景が回廊の向こうに延々と繰り返されている。来た道をしっかり憶えておかないと迷子になりそうだった。(さいわ)い、どこにいても頭上に輝く月がはっきり見えていたので、時の経過はどこからでも確かめられるし、大体の方角からプネウマの元へ帰ることができる。  広い庭を歩き回ることに疲れてきたころ、私はようやくひとつめのオブジェを見つけた。背の低い生垣、葉の裏にそれは括りつけられていた。オブジェは純金製でずっしりと重く、座る猫の形をしていた。明らかに私の問いの答えではない。私は来た道をひとまず戻ることにした。誰か他の子と答えを交換できるかもしれない。  頭上の月はいつの間にか大きく動いていた。じっと見つめていても分からないが、本当に少しずつ移動しているようだ。プネウマのいる場所へ戻る道すがら、明かりの少ない風景に私は言いようのない圧迫感をおぼえていた。回廊と中庭をいくつも通り過ぎたのに誰の姿も見かけない、そのことが余計に恐怖心をあおってくる。 「ファイ!」  だからマケリに遠く呼ばれたとき、心底ほっとした。ようやく見つけた友はひどく疲弊した顔で、回廊の石柱にもたれ座っていた。 「マケリ! よかった。他のみんなは?」 「わからない。散り散りに遠くに行ったかも」  ぐったりとしたマケリはポケットから金のオブジェを三つ取り出してみせた。それぞれ本、星、子どものモチーフだ。 「どうしたの? なんだかすごく――」  マケリは疲労困憊していた。私が猫のオブジェを見せると、眼鏡の秀才はため息をつく。 「僕が見つけたオブジェ、回廊の明かりの中にあったんだ。容れ物が硬かったから、取り出すのに苦労してね」 「魔法を使ったの?」  マケリの視線の先に、無理にこじ開けられねじ曲がった金属の明かり籠がある。おき火が揺れる籠に取り出し口はない。中にあるものを取ろうと思ったら、籠自体を壊すしかないだろう。マケリは回廊一列分の明かり籠をすべて壊し、調べつくしていた。たったこれだけのスペースで三個もオブジェを見つけられたのだ、歩き回って探すよりよほど効率がいい。 「大丈夫? すこし休んだら」  魔法を使えば体力を消耗する。個人の資質によって疲労度は異なるが、マケリは疲労が出やすい体質だった。 「平気だよ。休んでいる暇もなさそうだし」 「ふうん?」  マケリは無理をおすタイプではない。魔法を使うと消耗しがちな彼は、どちらかといえば己は休み、周囲の人間を動かしてことをなすタイプだ。じゃっかんの皮肉を汲み取ったのだろう、眼鏡の秀才は苦笑する。 「そうだね、こんな風に焦って動くのは僕らしくない。けれど急がなきゃいけない気がして。この暗さのせいかな、不安なんだ」  私は彼が壊した回廊の明かりを見やった。乱暴に片端から物を壊すなんて、たしかにらしくない。まるで何かに急きたてられ、追いつめられているようだ。 「私もそう。太陽がないのもそうだけど、こう暗いと慣れてないから息苦しくて」 「そうだね。暗いから歩くだけでも疲れる──」  ふとマケリが言葉を切り無表情になる。一瞬の不自然な間にたじろいだとき、遠くから喚き声が聞こえてきた。悲鳴かもしれない。プネウマのいる場所でなにかが起きている。 「行こう」  険しい表情のマケリと一緒に中庭と回廊をいくつか越え戻ると、数名の同級生たちが騒ぎを遠巻きに眺めていた。何が起きたか問う前に、強風が押し寄せてくる。 「お前がみんなを殺したんだ! 俺たちのことも殺す気だろ!?」  オルニスが魔法で風を起こし、プネウマに対峙していた。
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