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 プネウマは「落ち着け」というような仕草をした。  強風はやんだが、かわりにオルニスは両手に風を集めて鋭い短剣を作りあげた。怒りをおさめたわけではなく、本格的に攻撃態勢に入ったのだ。私の隣にいたマケリが、一歩前へ出た。 「オルニス、止めろ!」  中庭に意外なほど大きく声は響き、渦中のふたり以外がぎょっと振り返る。 「こいつが殺したんだ!」  オルニスはプネウマを睨みつけていた。いつでも飛びかかれるように鋭いかまいたちの短剣を両手に構え、怒りを含む声で告げる。 「さっき見たんだ! ウォルシュをこいつが殺した!」  ウォルシュは同級生のひとりだ。背の高い男の子で、性格は控えめだがとても優しい、誰からも好かれるタイプの子だ。マケリの目がすうと暗くなる。 「ウォルシュが殺されるのを、本当に見た?」  オルニスは唇をなめ、ぎらつく瞳でプネウマをねめつけた。両手の中で風そのものの短剣が器用に回されている。 「間違いない。ウォルシュは倒れて動かなくなった。こいつが触ったら途端に――」 「じゃあ、ウォルシュの遺体はどこにあるんだ?」  マケリはどこまでも冷静に事実を探し、オルニスを宥めようとしていた。するとそれまで黙っていたプネウマが言葉を発した。 「私が外へ出したよ。彼の試験はすでに終了したからね」 「終了?」マケリは険をプネウマへ向けた。「どういうことです。ウォルシュは、正しい答えで合格したってことですか?」  プネウマは鳥仮面の奥でため息をついたようだ。 「いや、ウォルシュは答えを持ってこなかった。――言い忘れていたが、君たちは何度答えを間違えてもいい。ただし、私が『もう駄目だ』と判断したら、そのときには試験はそこで終了となる。ウォルシュと同じく」  マケリの眉間のしわがぐっと深まった。私は愕然としていた。ウォルシュの遺体があったことをプネウマは否定しなかった。やはりオルニスの言う通り、同級生が殺されたのだ。この場で見物していた全員がその事実に身震いしただろう。試験なんて生易しいものじゃない、私たちは何かを試されているのだ。自分たちのたったひとつの命を、得体のしれない危険の前にさらしている――……。 「それで――どうする、ミスタ・オルニス?」  プネウマが片手を差し出していた。挑発するように。オルニスの瞳に怒りの炎がひらめく。私とマケリが叫ぶのと、オルニスが駆け出したのは同時だった。風使いのオルニスはクラスの誰よりも速く移動できる。かまいたちで作った短剣の切れ味は鋭く、その刃が交差するようにプネウマへ向けられていった。  私は悲劇を予想した。オルニスは本気だ。プネウマの腹を裂くように動いた短剣は、けれどあっさりとかわされた。宙を舞ったプネウマは、俊敏な動きでオルニスから距離を取っている。 「それが君の答えか」 「ふざけやがって、人殺し!」  プネウマは中庭を囲う回廊の上に飛びのき、追いついてきたオルニスと屋根の上で対峙した。 「いいだろう。君が私に『参った』と言わせたら、君たち全員を合格としよう。ここからすぐに出すと約束する」  黒い天を背景に、わずかばかりの月の光に照らされ、オルニスは怒りに顔を歪めていた。冷静さを失っている。挑発に乗ったオルニスは風の短剣をひらめかせた。一閃、二閃と繰り出される刃は、しかしすべて避けられていく。 「止めないと!」  焦る私とは反対に、マケリは静かに様子を窺っていた。しびれを切らし加勢しかけて、私は一瞬戸惑った。どちらを助けるべきか。気持ちとしてはオルニスを助けたいのだが、一抹の不安がのこる。これは卒業試験じゃないのか。もし全部オルニスの勘違いでプネウマが人殺しではなかったら――そう考えると今すぐにでもオルニスを止めるべきだ。私には何が本当で嘘なのかがもう分からない。ウォルシュや、先に試験を受けたA組とB組の生徒たちは本当に殺されたのだろうか。プネウマの言うことは正しいのか、オルニスが間違っているのではないか。  いくら考えても答えは出ず、思考は真っ黒な夜の気配に包まれ、混乱と恐怖で疲弊している。吸い込む空気にも、まるで毒が混じりこんでいるようだった。得体のしれない状況に息を何度吸いこんでも肺が満たされない。動けないでいる私の真上で、オルニスは風を使いプネウマをやり込めようとしていた。疲れてきたのか、キレのなくなってきたその足をプネウマがさっと払う。 「っ、――!」  オルニスは不意をつかれて中庭に転がり落ちてきた。受け身を取り損ね、芝生の上で立ち上がろうともがいている。駆け出そうとした私の腕をマケリが強く握り引きとめた。 「っ、放して!」 「駄目だ」  マケリはものすごい形相でプネウマを睨みつけていた。私の腕に食いこむ手には、痣が残るほどの力がこめられている。  倒れたオルニスと目が合った。白くなった苦悶の表情、けれど両瞳はまだ力を失っていない。何かを伝えようとする強い意志が私とマケリをみる――その顔が影に覆われてさっと暗くなった。プネウマだ。 「楽しかったよ。君の試験はここまでだ」  プネウマが屈みこみ、オルニスに手を伸ばす。数秒の後、立ち上がった足元にオルニスの死体が転がっていた。両目を閉じ、ぴくりとも動かない。かすかに開いた口もとはあどけなく、生きていた時の名残があるが、意志を失ったそれは確かに死体だった。プネウマの手のひと振りでオルニスの姿はかき消えた。空間の外へ出されたのだ。誰も何も言わなかった。耳が痛くなるほどの静寂を、柔らかに風が通り過ぎていった。先ほどまでオルニスが操っていた風が。プネウマはぐるりを見回した。 「彼のようになりたくなかったら、答えを探してきなさい」
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