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 うるさい笑い声が耳につき、私は目をひらいた。  眩しい。白光が目に刺さり、片手で昼の陽光を遮った。 「お前はひどい奴だ。こういう試験だってわかったなら教えてくれよ」 「気づいたときにはもう君が飛び出してたんじゃないか。オルニスが無鉄砲すぎるんだ」 大きな窓際に腰かけていたオルニスと目があった。 「ファイ?」  ベッド脇に座っていたらしいマケリが顔を覗きこんでくる。咳きこむと、オルニスが冷たい水入りのコップを持たせてくれた。それを飲み干してあたりを見る。  学校で一番広いホールだった。奥までずらりと簡易ベッドが並べられ、まばらに人が談笑している。私は一番奥の窓際に寝ころんでいた。寒くないように体の上にうす布が置かれている。 「どういうこと?」 「……まあ、そう思うよな」  オルニスとマケリはいわく言い難そうに視線をかわした。私が口を開く前に、オルニスがぎょっとホールの奥を見やった。 「やあ、最後のひとりも目覚めたようだね」  プネウマがこちらへ歩いてきていた。身構える私とオルニスの横で、マケリが淡々と質問した。 「ちょうどよかった。試験のこと、説明してくれませんか」 「ふむ。ミスタ・マケリ、君は分かっているんだろう?」 「僕らが先生から聞かされたのは、卒業試験に合格したってことだけです」  プネウマは明るい部屋で見ると余計に滑稽に見えた。真っ白な装いの中で、一点だけ毒々しい色合いの異様な鳥仮面が浮いている。 「いいだろう。まずはミス・ファイエル、合格おめでとう。今日から君は正式な魔術師だ」  無言でプネウマを見上げると、彼は困惑したように間を置き、続けた。 「脅かすような真似をして悪かった。でも仕方なかったんだ。君たちに魔力と体力を使い切ってもらうため、必死になってもらう必要があった」 「使い切る……?」  マケリが言っていたことを思い出した。卒業試験の行われたあの場は魔力を少しずつ奪っているのだと。そして意識が途切れる寸前にプネウマが言っていたことも。  ――魔力を使い切った人間がどうなるか、君は知っているかね? 「君たちは一度あの場で死に、(よみがえ)った。意識を失っても甦る、それが魔術師に必要となる素質だ。君たちにはそれがあると確認された」  プネウマは誰かの死を見たことがあるかと、続いて私たちに尋ねた。私とオルニスが頷き、マケリは首を振る。 「通常、我々は意識がなくなった状態を死と呼ぶ。誰かの死に立ち会ったことがあれば、人は死ぬと二度と目を醒まさないとわかるだろう。意識は消えたまま、肉体は朽ち果てる。昼の子らが意識を失うのは人生最期のとき、一度きりだが、魔術師は違うのだ。君たちも体験したように、我々は一度死んでもまた甦ることができる。それを『眠り』という」 「ネムリ?」  オルニスが困惑していた。私もだ。マケリだけが落ち着きはらって話を聞いている。 「魔術師は死んでも(よみがえ)る。術を使い体力を消費しつくして『眠り』、そしてまた意識を取り戻す。それができない人間は魔術師にはなれない。そう法律で定められている」  だから私たちに「夜の間」で魔力と体力を使い果たさせ、眠りに入らせたのか。目覚めることができるかを試されたのだ。私は身震いした。もし意識を取り戻せなかったら、本当にあの場で死んでいた。白い顔で黙りこむオルニスも同じことを考えたのだろう。マケリが静かに聞いた。 「誰か、不合格だった人はいますか?」 「いない。勘違いしないでもらいたい。試験で分けるのは眠れる人間と眠れない人間だけだ。魔術を扱える者でもまれに、とことん眠れない人間がいる。数年に一度の割合だが、そういった者を振り分けるための試験だ」  全員がほっと息をつく。C組の同級生も、その他の組の子もみんな合格したようだ。 「君たちは眠りを経験した。一度眠りを覚えた身は眠りやすくなるものだ。これからは疲れるたびに死に、そのたびに甦るだろう。それが魔術師の特権であり、もっとも不可思議な部分なのだ。精進したまえ」  そのまま立ち去ろうとするプネウマを私は慌てて呼び止めた。 「死んでも(よみがえ)るなら、甦れなくなるのは――いつ?」  私たちはこれから何度も意識を失い、そのたびに生還するという。通常の人々は意識を失うことはまずないし、死を経験するのは人生の本当に最期の瞬間だけだ。けれど私たちは「眠る」と知っていて生き続ける――それはなんとおそろしく先の読めないことだろう。今日意識を手放せば、明日には目覚めないかもしれない。終わる先がいつかもわからないのに安穏と『眠る』ことなどできない。オルニスは黙りこみ、マケリは遠くを眺めていた。プネウマは答えてくれた。 「終わりがいつくるか、それは誰にもわからない。魔術師でなくとも同じことだ。君は明日死んで目覚めないかもしれないし、そうではないかもしれない。人より命が短いと思って生きればいい」  繰り返す死と生。プネウマの残した言葉と諦めの境地。死を知った私たちはもう元には戻れない。常に太陽光で照らされるこの国において、人は夜の暗闇を知らない。死の恐怖も――けれど私たちは知ってしまった。そしてそれを何度も越える。 「ファイ、考えるだけ馬鹿馬鹿しいよ。時間の無駄だ」  マケリは早々に諦めていた。オルニスは最初から考えることを放棄している。  その通りかもしれないと私も諦めた。たとえば死ぬ前と今の私、どうして同じ人間だといえるだろう。誰にも判定できない、私たちは一度意識を手放し死んでしまったのだから。それについてばかり考えていては気がふれてしまう。あまりにも大きな恐怖には蓋をして昼の明るさだけを見るしかないのだ。きっとプネウマも、他の魔術師たちもそうしている。しびれて麻痺した生死感は歪んでいるのかもしれないが、生物としてはしごく当然のことだろう。  死に気づき、莫大な恐怖に打ちのめされ、生き返った私たちはその恐怖をきれいさっぱり消し去るしかなかった。生きるとは本来、そういうことなのかもしれない。  こうして私たちは正式に魔術師となった。新たな終わりがまたやってくることは、その瞬間までは意識せずに忘れていられる。
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