仮面夫婦

　私、田中太郎と妻の田中花子は仮面夫婦である。

　私達夫婦は世帯年収2000万円の、所謂"勝ち組エリート夫婦"だ。
　使いきれないほどの金、輝かしい名誉、高く盤石な地位。それにくわえて夫婦共に優れた容姿で、皆の視線を引きつける。

　私達夫婦に憧れる者がいれば、羨む者や嫉む者もいる。だが私達はそんな彼らを平等に扱い、精一杯心を尽くす。困っている者には必ず手を差し伸べる。

　妻と私は仕事以外ではいつも一緒で、毎朝手を繋いで散歩するのが日課である。散歩する私達夫婦を見る者達は微笑んで「本当に仲がよろしいのですね」と必ず言う。

　文武両道、容姿端麗、温厚篤実、そして夫婦円満。それが他者からの私達夫婦への評価だ。
　だがその評価は正しくはない。夫婦円満？　そんなはずがない。私達はお互いを最初から愛したりなんてしていない。そもそも"愛"とはなんなのだ？　私達には理解出来ない感情だ。
　私達は対外的に完璧で仲の良い夫婦を演じている──崇高な目的を達成する為に。