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10.海からの風は弱い
夜の海岸に燃え上がる炎を見つめる美咲の顔は、真っ赤に染まって夜の海岸に浮かび上がる。燃え上がる炎の中には、あの靴の入った箱。めらめらと燃える炎からはパチパチという爆ぜる音。夜の闇へと舞う火の粉と立ちのぼる黒い煙。
「大化けするかもしれない」。そんな言葉にいつまでもすがっているわけにはいかない。そう結論を出した美咲は逆方向の路面電車に飛び乗った。たどり着いたのは砂浜のそばの電停。
電停を降りたところにあったコンビニで、美咲はライターとライターオイルを買った。それから靴の箱を抱えてこの砂浜にやってきた。誰もいない季節外れの砂浜。海からの風は弱い。決着をつけるにはちょうど良い。
美咲は砂浜に穴を掘り、靴の入った箱を放り込んだ。躊躇うこともなく。それから箱へライターオイルをふりかけ、火を放った。炎は一瞬で赤く燃え広がり、箱はそのかたちをすぐに失った。燃え盛る炎の中に黒く見えている靴も、もはや原型を失いつつある。
「大化けするかもしれない」という言葉に、いつまでもすがりついているわけにはいかない。そんな言葉にすがったまま、いつか自分が大化けするかもしれないと、ただ待っているわけにはいかない。
私は自分の力で化けなきゃいけない。大化けできるかどうかはわからないけれど、今までの自分から少しだけ化けることはできるかもしれない。
海からの風は弱い。でも、無風じゃない。海からの風に吹かれながら美咲は心を決める。自分の力で仕事依頼の来るようなイラストを描こうと。風が吹く限り、船の帆は風を受けて進むから。
そのとき、燃え盛る炎の中で靴はそのかたちを完全に失った。
(おわり)
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