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02.靴を買ってほしいの
智仁との出会いはイラストレーター仲間と共催で展示会を開いたギャラリーだった。美咲はイラストレーターと言っても、それだけで食べているわけじゃない。昼間は派遣の事務をしながら夜はイラストを描いている。副業というレベルの収入もないけれど。
それでも美咲はプロのイラストレーターとしてやっていこうという希望だけは胸に抱いている。ときどきイラストを描いてネットに投稿し、そしてごくたまに仕事として発注されることもないわけではない。そんなイラストレーター仲間が集まった展示会だった。
その展示会で美咲のイラストを熱心に見つめていたひとりの男性がいた。美咲は思わずその男性に声をかけた。
「不思議な魅力がありますね。このイラストを描いた人は将来大化けするかもしれない。大きな仕事をして有名になるみたいに」
お世辞だとわかってはいても嬉しくならないわけはない。まったく無名でイラストの仕事などほとんど来ない美咲はすっかり舞い上がり、親しく会話を交わし、連絡先を交換。やがて食事に出かけ、男女の仲となった。それから智仁に妻子がいることを知った。
「ねえ、別れる前にひとつお願いがある」
美咲がそう切り出した瞬間、智仁の顔に警戒の表情が浮かんだのを見逃さなかった。智仁に対する美咲の気持ちは急激に冷めた。
「お願い?」
「うん。靴を買ってほしいの」
「靴?」
怪訝な顔の智仁に美咲はうなずく。そんな智仁に美咲はある高級ブランドの靴が欲しいと告げた。
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