09.暗い雲の中で轟く遠雷

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09.暗い雲の中で轟く遠雷

 レインキャッチャーで買ったコーヒー豆と、マスターに手渡された靴の入った箱を手に、帰り道の美咲はため息をつく。外はすっかり夜。真っ暗な空気のどこかに美咲のため息は消える。 「考えようによっては『いいこと』だし『自分への贈り物』ではあるよね。智仁との不健全な関係を続けたって未来なんかないから」  路面電車の電停に向かう美咲は小さくつぶやく。  けれど、実際に別れを切り出したのは智仁の方からだ。その関係も終局を迎えつつあることは美咲自身も気づいていたにもかかわらず。それはなぜだろう……。  車道を行き交う車の排気ガス混じりの夜風の中で美咲は考える。  通りの真ん中にある電停は帰宅する人々で混雑している。ゆっくりとやってくる路面電車の到着を、人々はスマホを眺めながら待っている。美咲は信号が青に変わるのを待ちながら、そんな電停を通りの向こうに眺める。そのとき、美咲はふとひとつのことに気づく。  美咲の胸の内側がざわざわと揺らめく。嵐の海のように激しく。イラストの仕事依頼がほとんど来ないイラストレーター。それが私だ。いつかはイラストだけで食べていきたい。けど、現実は厳しい。イラストの仕事が舞い込むことさえほとんどない。  そんな私がイラストレーター仲間と開いた展示会の場で、智仁は美咲の描いたイラストを眺めたあと、「このイラストを描いた人は将来大化けするかもしれない」と言ってくれた。その「大化けするかもしれない」という言葉に、私はいつまでもすがりつきたかった。  そう気づいた美咲の胸の奥で、遠雷のようなものが響いた。遠くの空に浮かぶ暗い雲の中で轟く遠雷。心をざわつかせ、落ち着かさせなくさせる響き。  そんな遠雷の音を感じながら、美咲はひとつの思いにたどりつく。  だからこそ自分の手で決着をつけなければ。  路面電車の電停にたどり着いた美咲は、やってきた路面電車に乗り込む。自分の部屋のある方向とは逆の方向に進む路面電車に。
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