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01.その予感さえも
たしかに別れの予感みたいなものは抱いていた。目の前に氷山が見えているにもかかわらず、進んでいく客船みたいなものだ。けれど、人は時に楽観的にしかものを考えられないことがある。不倫中ならば、その予感さえも刹那的な愛を燃やすための燃料となる。
美咲が智仁から別れを切り出されたとき、もちろんショックではあった。けれど、その一方で来るべきものが来たという予感が的中したとことに、ある種の安堵みたいなものを抱いたこともたしかだ。
「ねえ、どうして最近会ってくれないの?」
「仕事が忙しいんだ、しょうがないよ。でも、今夜はこうして美咲のためになんとか時間を作ったんだよ」
そんなことを言われれば、美咲も悪い気にはなれなかった。
けれど、やっぱり智仁と会えない時間が長くなっていくたびに、私たちはもう終わりかもしれないとの予感が頭の中を埋め尽くしていたのもたしかだ。それに……。
「ねえ、私たちのこと、もしかして奥さんに気づかれた?」
美咲はときどき智仁にそうたずねることもあった。そんなとき、いつも智仁は美咲を安心させるような微笑みを浮かべてこたえた。
「大丈夫だよ。俺たちのことに気づきなんかしないから。だって、俺たちの夫婦としての関係はとっくに冷え切っているからさ」
そんなことを言っていたのに、いざ智仁から別れを切り出された美咲は自分でも驚くくらいに動揺し、そして同時に冷静だった。
「こんな不健全な関係を続けたって未来なんかないからね」
智仁にそう告げて、自分の心を落ち着かせるしかなかった。
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