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実はエイドリアンが妹を探すために冥界を出ると言った時、誰よりも真っ先に首を縦に振ったのはベルセフォネだった。そして愛する息子に危険が及んだ時には自分が助けられるようにと見守ってきたのだ。
実のところ、ベルセフォネにとっては裏切り者エメロンなんてどうでもよかった。一刻も早く娘のベネットを探し出し、エイドリアンとユーインが冥界に戻ってくれさえすれば、彼女の目的は果たされる。
そのために、エイドリアンが下界に降りることを応援した。
けれども、今はその目的と同じく冥界の秩序も危ぶまれている。
「この場に来たのは他でもありません、ユーイン。どうかエイドリアンを連れて冥界に戻ってきて欲しいのです」
その声はとても思いつめていた。
ユーインは頭を上げた。
その瞳は本来なら美しく、力強い光が宿っているはずなのに、今は声と同じで虚ろだ。
「なにか冥界でございましたか?」
ユーインはベルセフォネから漂う異様な空気を感じ取り、そっと尋ねた。
「まだはっきりとしたことはわかりません。ですが、冥界で不穏な気配を感じるのです。口では言い表せない……足元からじわじわと陰湿な何かが這い上がってくるような感覚がしてどうしようもないのです」
「そのことは冥王にはお伝えしましたか?」
「ええ、言いました。でもあの石頭!!」」
ベルセフォネは夫、ハデスにそのことを伝えた当初を思い出したのか、細い眉の先端をぐいっと上げてほんの数秒だが、たしかにはっきりと鬼の形相をつくった。
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