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試験日
3月半ば、両親に笑顔で応援されて、この日茜は大学の試験に向かった。
電車を待つ間にも単語帳で暗記をしていた茜。
定刻通りに入ってきた電車に乗り込むと、反対側のホームで、電車を待つ中山の姿が見えた。
見たことのないスーツ姿。
茜は、中山に会えなくなりそうで、怖くて怖くて、思わず電車から飛び出して、中山のいるホームへと走り出した。
息を切らして茜が中山の目の前に現れると、中山は驚いた顔をしていた。
「会えなくなるのは、イヤ…」
そう言って、涙を流す茜の姿を見て、中山は思わず抱きしめた。
「一緒にいたい…」
そう甘えた声で話す茜に、
「分かったよ…」
そう言って、中山は頭を撫でた。
電車が来て、二人が乗り込む。
席に座ると、中山は我に返ったように焦りだした。
「…あれ?まって…、今日試験じゃなかった?」
そう茜に問いかけると、茜は下を向いて頷いた。
「は?え!?駄目だ!次の駅で降りよう!」
焦る中山の腕に、茜が触れる。
触れられた腕を見て静かになった中山に、
「…いいの。大学は行かない。私、先生とずっといる」
と、茜は言って微笑んだ。
「駄目だよ!行きたい大学なら、ここで諦めちゃ駄目だ!」
中山が説得するも、
「もう、決めたの」
と茜は言うだけで、それからは、窓の外の景色を見つめていた。
のどかな無人駅に着いた。
「…何にも無い所だよ…?ホントに一緒にいたい…の?」
と、中山が茜に問いかけると、
「うん!だって先生が大好きだもん!」
そう言って笑う姿が、中山は眩しく思うと同時に、このまま一緒に居たい気持ちも溢れてきていた。
「大変だと思うよ?苦労するよ?それでもいいの…?」
そう問いかける中山に、
「もう!好きなら好きでいいじゃん!一度の人生楽しもうよ!」
と、茜は笑って答えた。
中山は、4月から住む家を茜に案内した。
少し古いけれど、一軒家で、周りは畑ばかり。
コンビニは自転車で15分。
スーパーは車で15分。
田舎暮らしをしたことの無かった茜は、物珍しい光景ばかりで、景色や山並みを見て楽しんでいた。
家の中は、まだ家具がほとんど置かれてなかった。
「少しずつ、家にある物を持ってくるつもりなんだけどね」
と、笑う中山に、
「カーテンとか揃えたいな〜」
と、茜が言うと、
「正直…、あんまりお金は無いから、買えるものと買えないものがあるかも…」
と、言いづらそうに中山が答えた。
「ん〜、じゃあ、節約生活だね!」
そう笑う茜に、
「ホントに、ホントに、ここに来るつもり?」
と、中山が問いかけると、
「だから〜、来るよ!」
と、失笑しながら答える茜。
中山は、茜を見つめた。
幸せそうな茜の笑顔があった。
『この子と、幸せになりたい。…なんて、欲張りだろうか?でも、諦めなくていいなら、許されるのなら…、全力で愛したい…』
重すぎる愛し方かもしれない…。
言葉にすることをためらい、ただ静かに優しく茜を抱きしめた。
それは、中山にとって、覚悟を決めた抱擁だった。
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