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弥次郎の爺さんが死んだ。
五十五歳。死ぬ前日まで元気に畑仕事をやっていて、次の日、苦しむことも無く、布団の中でぽっくりと逝ってしまった。大往生だ。
弥次郎は泣いて悲しんだ。
江戸に住む両親は不況が原因で店を畳み、引っ越してしまったらしく、一切の連絡が取れない。
爺さんは弥次郎にとって、もはや唯一の血の繋がった家族であった。
弥次郎は死ぬ前に孫の顔を見せてやりたかったが、この五年間で弥次郎とおたきの間に子はできなかった。
とはいえ、弥次郎にとっては、宿敵である狸がいつ再び襲ってくるとも限らない。かの狸を殺すまでは安心して子など育てられなかったので、少し複雑な気持ちだ。
そして、弥次郎とおたきは漁師の爺のところに引っ越すことになった。
なんでも、腰を痛めてしまったらしい。
弥次郎の爺さんが死んでしまい、ちょうどよい時期だろうということで、世話のために引っ越すことが決まった。
爺さんが死んでからおたきは少し変な感じだ。浮かない顔をしているかと思えば、憑き物が取れたかのように元気なときもある。
そんなおたきのことが弥次郎は心配であった。
いまや、おたきは弥次郎にとって唯一の家族だ。弥次郎はいっそうおたきを守らねばならないと、覚悟を新たにした。
そして、ひと月後の引っ越し当日。
おたきは弥次郎の家に火を放った。
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