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むかしむかし、あるところに男がいた。
男の名は弥次郎といった。
弥次郎は村外れの山の麓のところにある家に、爺さんと二人で暮らしていた。
両親は幕府の膝元で軽食屋を営んでいる。
数年前、婆さんが死んだという話を聞き、爺さんのことを不安に思った弥次郎は、両親の反対を押し切り、ほぼ家出するような形でこの家にやって来た。
弥次郎の仕事は狩人だ。山で獣を狩り、肉は食事に、骨は肥料に、毛皮は町で売って、生計を立てている。
ただ、弥次郎の狩りには二つの決まりがある。
「見かけた狸は絶対に殺す」
「兎は狩らない」だ。
さて、そんな弥次郎も今年で十七になる。
二人の家は村外れにあり、更に弥次郎は普段、山に籠って狩りをするか、家で爺さんの畑仕事を手伝うかで、他の人との交流が極端に少なかった。
十七と言えば、好きな女の一人や二人いてもおかしくない歳なのだが、そのような理由から弥次郎には浮いた話の一つも無かった。
そんな弥次郎を見かねた爺さんは、普段世話してもらっている恩返しも兼ね、弥次郎に縁談の話を見つけてきた。
相手は村外れにある池のほとりに住む漁師の爺の孫娘で、名を「たき」と言い、漁師の爺からは「おたき」と呼ばれていた。
今年で十六になるという娘で、器量良し、さらには料理洗濯といった家事から漁の手伝いまでこなす働き者である。
それにも関わらず、弥次郎と同じように仕事と爺の世話ばかりの生活を村外れで送っているせいで、色恋の話は一切無かった。
そこで漁師の爺が弥次郎の爺さんのところに縁談話を持ち込んだのである。
そしてお見合いの日。初めて顔を合わせ、弥次郎は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
くりくりとして大きな目に、整った目鼻立ち。少し明るく焦げ茶がかった髪と目が、彼女の溌剌とした笑顔をより映えさせていた。明るく元気に溢れながらも、所作のひとつひとつまで綺麗に洗練されていて、真面目な性根が窺える。
一目惚れである。
おたきの方も弥次郎のことを快く思ってくれたようで、縁談話はトントンと進み、三ヶ月の交際ののちに結婚した。
弥次郎の爺さんが膝を故障して世話がいるということで、おたきが弥次郎たちの家でともに暮らすこととなった。
漁師の爺は仕事の関係上、元の家に留まることになった。寂しい思いをさせることになってしまうが、どちらも爺といえども、弥次郎の爺さんの方が十歳ほど歳上なので仕方がない。
こうして弥次郎とおたきの新婚生活が始まった。
おたきの作った朝飯を三人で食べて、弥次郎は山に狩りに、おたきは洗濯などの家事をこなしながら残りの時間で爺さんの畑仕事を手伝う。弥次郎が帰ってきたら狩りの成果を三人で仕分け、夕食を食べて眠りにつく。
「ああ、私はなんという幸せ者でしょうか」
「俺もだよ」
そんな会話を毎日のように繰り返す。
そんな平坦ながら幸せな生活が続いた。
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