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優しい音楽 前編
ギターを引いて悦に入ってる時の彼が好
きだ。
時に鋭く、時に全てを包み込むようにギターを奏でる。
初めて彼を見たときから彼のファンだ。
ただ、彼はギターを持ってないときはただの浪速の兄ちゃんだった。
しっかりしてるようで抜けてる。
俺が出会った中で一番の変わり者だ。
そしてもう一人の変わり者、光と彼が出会ったことは奇跡としか言いようがない。
二人を出会わせた俺がただの凡人であることはさておいて。
二人は出会った瞬間に意気投合して、すぐに音楽を作り始めた。
俺はその場所を提供しただけ。
彼は、颯太は光と音楽をやってる時が一番楽しそうだった。
それは嫉妬する隙もないほど。
いや、俺には嫉妬する資格などなかった。
そもそも。
光が帰って二人になると、颯太はずっと俺に光の凄さを語る。
俺はなにも言わずそれを黙って聞いている。
ある日、颯太は俺に言った。
「俺が出会ってきた中で一番優しいな、陽ちゃん。」
「え?」
「まるで森の中に佇む原木みたいや。」
それは褒め言葉なのか?
「陽ちゃんが奏でたかった音楽はないの?」
「音楽?」
「うん。」
「んー...もしあったらお前みたいに音楽やってたと思うよ。」
「そう。でももしかしたらこれから生まれるかもよ?」
「そうかな?」
「生まれたら俺に一番に聞かせてな。」
そう言われてから俺は考えた。
奏でたい音楽。
俺は子供の頃、ピアノを習ってた。
でも一向に引ける気配がしなくてやめた。
いろんな楽器を触ってみたけどどれも向いてなかった。
ギターだけは触らなかった。
亡くなった親父はギターリストだった。
スタジオもライブハウスも親父の持ち物だった。
親父が亡くなってから母親はギターを恨んだ。
ギターさえなければ親父は死なずに済んだと言って泣いた。
あの日、親父はライブを終え帰宅して、ギターをライブハウスに忘れたと言って豪雨の中、車で戻る途中事故って死んだ。
親父はとてもギターを大事にする人で、ライブ終わりは必ず自分の部屋で手入れをする。
それが日課だった。
「こうして手入れをしながらありがとうってギターに伝えるとまたいい音を聞かせてくれるんだよ。」
と俺に言った。
でも、俺は親父のギターに触れられなかった。
母親の悲しむ顔を見るのが嫌だったからだ。
光たちのバンドが形になって、初めてのライブ。
うちのライブハウスは身内もいれて8割入りした。
彼らのバンドはデビュー前とは思えないほど完成度が高かった。
颯太のギターはしばらく見ないうちに進化してて、まるで別人のようだ。
颯太だけじゃない。
みんなの音がちゃんとグルーブを作り上げてまるで音の渦の中にいるような感覚になる。
終わった後、颯太にそう告げると笑って
抱きついてきた。
「陽ちゃん、愛してるで!」
そう言われた。
でもそれは俺だけの言葉じゃないことは分かっていた。
こいつの悪い癖。
良いとこでもあるけど。
愛してるなんて言葉はそんな簡単に使ってはいけない。
特に俺みたいな奴には。
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