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番外編 銀狐、温泉に入る 其の四
「──っ!」
どくりと大きく胸が鳴って、晧は思わず白霆から視線を逸らした。しかも彼の湯浴衣は掛け湯をした為か、少しばかり肌が透けて見える。
そのあまりの扇情的な姿が、目に焼き付いて離れてくれないのだ。
(……だめだ)
晧は僅かながらに自分の肩が、白霆の二の腕に触れているのが耐えられなくなって、少しずつ横に動いて彼から離れてようとした。
(白竜に温泉で変なことをするなって、自分で言っておいて)
どうしてこんな風に白霆のことを見てしまうのか、晧には分からなかった。
白霆と目を合わさない程度に、再び彼を見る。
湯浴衣から少し透けた逞しい腕の筋や、胸の筋が目に飛び込んできて、晧は再び息を詰まらせる。
思い出してしまう。
先程までこの腕に抱かれていたのだと。
「……晧」
ふと白霆が晧の名前を呼んだかと思うと、湯槽の中を歩いてある場所にたどり着いた。そこは湯槽と木の壁の接する所であり、座って凭れることが出来る程の幅と広さがあった。本来ならここに座って足だけを湯に付けて、景色を楽しむのだろう。
体格の良い白霆が座っても、その場所はまだ余裕があった。先程彼が自分の名前を呼んだのは、きっとここに座りましょうという意味だったのだ。
だが晧は動けなかった。
今更ながらに白霆を意識してしまっている。
「……ねぇ、晧。貴方がいまどんな顔をしているのか、自覚はありますか?」
「え……?」
「本当は、ですね。何もする気はなかったんです。治したとはいえ、昨夜から貴方にはたくさん無理をさせましたし。貴方と純粋に……この綺麗な景色と湯を楽しもうと思いました。ですが……そんな物欲しそうな顔をして見られたら……私も貴方が欲しくなります」
「──っ!」
晧は再び顔を赤らめた。
自覚はあった。
白霆を湯殿で見たその瞬間から、彼との目合いを思い出し、意識する自分がいたのだから。
「──あとでたくさん貴方に叱られますので、いまは『ここへ来て下さい』晧」
「あ……」
それは真竜が御手付きに使うと云われている『竜の聲』と呼ばれる聲だった。神気の籠もったその聲は、まるで真綿で出来た鎖のように、晧を甘やかに縛り付けて聲に従わせようとする。
晧の身体が自分の意思に反して、白霆の方へと歩き出した。心の中に戸惑いが生まれる反面、彼の聲に従うことが出来ることに悦びを感じている。
やがて晧は白霆の前に辿り着いた。
「晧……『私を跨いで私の上に乗って下さい』」
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