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番外編 本当の……? 其の二
「彼が人形になって初めて好物になったのが、清白の香漬だったんだ。それから清白そのものが好きになって、もっと美味しい清白が食べたいって畑までするようになって。僕が彼の作る清白が美味しいって言っちゃったから、ますます張り切っちゃったんだよね。でもさ……こんな風に文句言っている僕だけどさ、やっぱり彼が初めて好きになったものだし、僕も大事にしたいなって思うんだよね」
紫君の視線の先には、隣の畑を耕し始めた蒼竜がいた。
彼を見つめる優しい眼差しに、晧はふと白霆を思い出す。
晧は現在麗城へと遊学しているが、その期間は約一年。それが終われば白霆との婚儀の準備が始まるのだ。
元々麗城へ預けられる形で暮らしていた白霆は、婚儀までにもっと薬のことを学びたいと、紅麗の薬屋『麒澄』で泊まり込みで勉学に励んでいた。麗城から紅麗までは、晧や白霆のような『人成らざる者』からすれば、とても近い距離だ。会おうと思えばいつでも会えるというのに、晧はなかなか白霆に会いに行けずにいた。
あの宿屋の件から、ひと月。
邪魔になったらいけないという思いもあった。だが何より麗城で、白霆に会えると思っていた期待感が宙に浮いてしまったことで、意地になっている自分がいた。
自分ばかりが会いたいと思っているのではないか。
式のひとつも寄越せ馬鹿と、晧が心の中で悪態をつく。
式に関しては自分も白霆に送っていないので、文句の言い様がない。確かに自分から式を送れば、白霆は応えを返してくれるだろう。
だがそれだと意味がないのだ。
「ま、初めはそれはそれは大変だったんだけどね、畑作り」
「ん?」
物思いに耽けていた晧は、紫君の口調が再び変わったことに意識を浮上させて、紫君を見た。
「本来の大きさでなら早く耕せるって言って、畑予定の土地ごっそり抉っちゃったり。うまく耕せたと思ったら大きな足跡が残ってたり。じゃあ飛んで耕せばってなったんだけど、風が起きて周りの木々薙ぎ倒しちゃったりしてね」
本当に大変だったんだよ、という紫君の言葉に、晧が乾いた笑いを見せる。先程の綺麗でとても早い耕し方を会得するまで、紫君も蒼竜も苦労したのだ。
(……ん?)
ふと晧は何かが引っ掛かった。
何だろうと思い返して、土を耕す蒼竜を見る。
(──……あ……)
紫君は先程言わなかっただろうか。
本来の大きさの蒼竜、と。
「──なぁ、紫君。あれが本来の大きさの蒼竜じゃないのか?」
「……え?」
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