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第30話 銀狐、口説かれる 其の五
「だ、大丈夫だ。じ、自分で出来るから。それよりもどうした?」
思わず上擦った声が出てしまって気恥ずかしい。そしてそんな晧の様子を見透かしたかのように、白霆はくすくすと笑うのだ。
「そんなすぐにとって食べたりしないので安心して下さい」
「……とっ……! 食べ……!」
「いま朝餉を用意して貰っているのですが、何か苦手な物があるのか、貴方に聞くのを忘れてしまって」
何だ朝餉のことなのかと一瞬安堵した晧だったが、多分絶対に違うばかりにぶんぶんと頭を振って、先程の思考を追い出す。
すぐではないとは言うが、いずれはそのつもりがあるということか──!?
晧の心の中の叫びに、口説くと言ってるんだからそれも含むのは当たり前じゃないかと、自分の冷静な部分が応える。
「……晧?」
「──へ!?」
「苦手なもの……」
「あ、ああ!」
銀灰黒の耳をぴんっと立たせながら、晧はいま考えたことをとりあえず頭の隅に追いやり、白霆に応えを返す。
「清白の香漬……」
「苦手、なんですね。お可愛い」
くすくすと笑う白霆に、銀灰黒の尻尾をぶんっと勢い良く振りながら、違うと強く否定した。
「違うんです?」
「──ああ、違う。食べられないわけじゃない。白霆は麗城の紫君を知っているか? あの人、お裾分けだって言って、よく里に清白と清白の香漬を持ってくるんだ。初めは有り難かったんだが、あまりにもたくさんあったんで、飽きてしまったんだ。だから……!」
「ああ、なるほど、紫君ですか。そういえば師匠の所に、よく持って来ていらっしゃいましたねぇ。師匠は薬屋を、清白屋にでもするつもりかと怒っていましたが。番の方が清白の香漬が大好物で、ついに自分で畑を持ったというお話は有名ですし」
「そ、そうなのか!?」
晧は驚きで目を丸くした。
紅麗の茶屋で会った美麗の雄竜を思い出す。まさかあの美丈夫が、畑を持つほど清白の香漬が好きだなんて、想像が付かなかったのだ。
「ええ。毎年春になると、竜形で畑を耕す姿が見られるとか」
「──っ……何だそれすっげぇ見たい!」
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