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第6話 銀狐、番を初めて見る
晧は茶屋の二層目に泊まることになった。
眠ることを知らないこの城下街は、今の刻時から夜更けにかけてが書き入れ時だ。今からだと別の宿を取ることも難しい。それを見据えた紫君がこの部屋を宿泊で予約を入れていた。
晧は今から街を出て南下する予定をしていた。そして眠くなれば木の上にでも、軽く寝床を作って寝ようと思っていたのだ。
紫君はそれを一蹴した。
大事な身体なのだから、昼に旅をして夜はしっかり宿に泊まること。
それを約束させられた。
僕も心配なんだよと紫君に言われれば、晧は強く出ることは出来なかった。
「何が起きるか分からないんだから。夜は当然のこと、夕暮れもあまり出歩かないで。夕暮れまでに次の宿に着くくらいの気持ちで行くんだよ。わかった? 晧」
有無を言わせない紫君に、晧は何度か頷く。
「それじゃあ有難くこの部屋使わせて貰うけど、紫君はどうするんだ? 今の刻時から城に戻るのか?」
晧にとって自分よりも紫君の方が心配だった。自分も身体は大きい方ではないが、魔妖だ。力も徒人よりは遥かに強いし、銀狐という一族自体が『大物の魔妖』に分類されていて、妖力も強い。それにいざとなれば本性に立ち戻って、妖獣としても戦うことが出来る。
対して紫君はそれこそ術力は最高峰だが、体つきは華奢としか言い様がなかった。それこそ『力』さえ封じてしまえば、晧でも攫ってしまえそうだと思うくらいに。
城下街はこれからの刻時、沢山の人や魔妖が集まり、一番賑やかになる。その全ての人が決して善良、というわけではない。中には晧のような魔妖や、紫君のような妖艶な青年を『狩って』商売をするような輩達がいるのだ。
「心配しなくて大丈夫だよ、晧。さすがにこの刻時に、ひとりで城に戻ったのがばれたら、何言われるか分からないし」
そう言って紫君は視線を部屋の引き戸に移す。
絶妙の間を経て、部屋の外からこつこつと引き戸を叩く音が聞こえた。どうぞと紫君が応えを返せば、室内に入ってきたのは、長い伽羅色の髪をした美麗の男だった。
男の伽羅の目が、晧を見据える。
(──ひ)
時にすればほんの刹那、だったのだろう。
すぐに伽羅の視線は、迎えにきたと言って紫君へと向いたが、獰猛かつ牽制とも云える鋭い目に、晧は本能的に竦み上がる。同時に許婚竜のあの灰銀の目を思い出した。
(……ああ、この男、真竜だ)
怖さは断然、許婚竜の方が怖かったが、よく考えればこんな刻時に、茶屋の二層目で二人きりでいたのだ。男にあんな目で見られて当然とも思える。
男は噂に聞く紫君の番だろう。
「それじゃあ、僕帰るね。気を付けて旅するんだよ。ちゃんと便りも送ってよ」
紫君がそう話す間、男の紫君を見る視線がこれでもかと緩む。愛しくて仕方ないのだと言わんばかりのそれに、真竜でもそんな目をするんだと、晧は何とも言えない不思議な思いがしたのだ。
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