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周りの友人たちの目が他に向いて、宏基にようやく陽奈と二人きりで話せる隙がやって来る。
この好機を逃すわけにはいかない。
「三倉さん、俺さ、あの。……最後にもらったボールペン、今も持ってるよ。持ってるっていうかずっと大事に使ってるんだ。あれ、見た目カッコいいだけじゃなくてすごく書きやすいよね」
五年生の一学期の終業式、転居して行く陽奈がクラスメイトに別れを告げた日の出来事だった。
彼女からまるで押し付けるかのように贈られた、外国製の洒落たボールペン。言葉通り、宝物のように大切に使っている。
宏基は陽奈の想いに、──おそらくは勇気を振り絞ったのだろう行動に応えることができなかった。
「嬉しい。──あたしも、あげたのとお揃いのペン今も使ってるんだよ。学校行くとき、ペンケースに入れて毎日持ち歩いてるの。さすがに今日は持ってないけど」
口先だけではなく心からの喜びが窺える彼女の表情に、宏基の鼓動はより高鳴って行く。
八年近く前から止まったままだった時間が、ようやく動き出した。
今を逃せば、きっと二度と二人の生きる道は重ならない。一瞬交差して、また離れて行くだけだ。
そんな予感がした。
久しぶりの再会は、きっと運命だ。彼女の存在を忘れたことはないが、今日会えるなどと頭の片隅にもなかった。
「三倉さん。──後で連絡するから」
同窓会がお開きになって、帰り掛けの喧騒の中。
「うん、待ってる。ありがと」
喉がカラカラになりながらもなんとか絞り出した宏基の台詞に、陽奈ははにかんだように笑ってくれた。
後悔の日々は今日で終わりにしよう。明日からは、彼女との関係が変わるといい。
単なる懐かしい幼友達だけではなく。ひとつ、その先へ。
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