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「沖くん?」
街中の雑踏でいきなり名を呼ばれて、振り向いた先には懐かしい顔。
化粧や髪型で多少印象は違うものの、俺にはすぐにわかった。
「……美知?」
「そう! 久しぶりね、凄い偶然」
大学時代の恋人だった。島野 美知。
いきなり心拍数が跳ね上がった気がする。ただ、これは間違っても期待や歓喜じゃない。そう、絶対に。
だからって別に、嫌悪でもないぞ。一言じゃ表せないんだよ。
卒業以来会うこともなく、三年以上経つ。……そもそも卒業前には、もう単なる友人だったんだけどな。
最後は晩夏の海だった。
波打ち際を、脱いだ靴を両手に持って歩く美知。俯き加減の横顔を、乾いた砂の上からただ目で追うだけの、俺。
点々と続く裸足の跡を、波がさらって行った。──二人の恋も。
「……沖さん」
右の袖口を軽く引かれ、俺はようやく我に返る。
過去に引き戻されて意識が飛んでたけど、──デート中だったんだよ。
「お連れが居たのね。ごめんなさい」
「あ、いや──」
はっとしたように美知が謝るのに、俺は何と返していいか迷ってしまった。
迷惑、ってわけじゃないけどあっさり「いいよ」だとこの子に悪い、ような。
どうしよう。こういう場合、どうするのがいいんだ?
モテとは無縁だった俺には判断できない。
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