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「……やだやだ。若い子に意地悪するような嫌なオンナにだけはなりたくないと思ってたのに。ごめんなさいね」
ふたりの世界に入り掛けてる俺たちを目の前で見ていた美知が謝って来た。左右に軽く頭を振りながら、自嘲するように苦笑いを浮かべている彼女。
「『若い子』って、美知もまだ二十六で──」
「島野でしょ! さっきからなに平然と名前で呼んでんのよ、彼女の前で。あと、あたしまだ二十五だから」
無意識に零した言葉に、美知の鋭い指摘が飛ぶ。
そうか、まだ誕生日前なのか。美知の誕生日、っていつだった? ……嘘だろ、全然覚えてない。
「あ、ああ。悪い、そうだな。し、島野も、あ、怜那も」
しどろもどろの俺に、美知はとうとう声を立てて笑い出した。何なんだよ、お前は。
俺が情けないだけか?
「相変わらず朴念仁ねぇ。何年振りかに会ったのに全然変わんない」
肩を震わせている美知に、俺はもう口を噤むしかなかった。
そして、俺はようやく思い至る。昔のように、「一彦」とは決して呼ばない彼女に。
……そう、第一声から「沖くん」だったじゃないか。怜那に気づく前で、今の恋人の存在も知らなかったのに。
美知の怜那への『意地悪』は、俺への未練なんかじゃない。
俺にとっては言うまでもないが、美知にとっても俺は完全に終わった存在なんだよな。ただの、懐かしい大学の仲間でしかないんだろう。声を掛けたのも。
──あの海で、跡形もなく消えた恋だから。
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