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「……でも。沖さんは、それもいいとこ、だから」
すぐ横から怜那がぽつりと呟くのが聞こえて来た。
「沖くん、ちゃんとわかってくれる相手でよかったじゃない」
美知の穏やかな笑みと優しい声。
俺の脳裏に、大学時代に美知と過ごした日々の記憶が一気に蘇った。本当に久しぶりに。
我が強く奔放なところもある彼女と、生真面目で融通の利かない俺。上手く行ってるときは、ちょうどいいバランスだって思えたんだ。
互いに足りない部分を補い合える、お似合いの二人だって信じてた。
ただ、僅かに生じたずれだか亀裂だか、二人の間に生まれた不穏な何か。
気づいた時には、それがもう修復できないほどに広がってたんだよ。
冒険することなんかこれっぽっちも考えないで、いつも中庸の道を歩んでた俺。何につけても積極的な美知の目には、俺は恋人として物足りなく映ったのかもしれない。
若くて余裕がなかった。それも原因だったんだろうか。
今だったらもしかして、なんて心に浮かんだ思いを、俺は迷わず打ち消した。
隣に怜那がいるじゃないか。たとえ頭の中だけの仮定だとしても、彼女に対して失礼な思考だ。今の俺が愛して守る対象はこの子だけなんだから。
……こういうところが、まさしく杓子定規でつまらない人間だと評される所以なんだろうな。我ながら否定できねぇ。
それくらいわかってるんだけどさ。これが俺、なんだよ。
今更変えられないし、──変えるつもりもない。
同じく、過去は消せない。
未熟な俺に不相応なくらいの無垢な信頼を寄せてくれる、可愛い恋人。
ここから先、俺は怜那とふたりで作りたいんだ。未来を。
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