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鳴瀬は薄青色の封筒を受け取り、中から同じ色の紙を取り出す。
二つ折りになった便箋を開いて彼女は目を丸くした。
「なにこれ全然読めないんだけど」
「だよなあ」
鳴瀬が見つめる便箋にはずらりと画数の多い文字が並んでいた。
僕が昨日の夜に書いたものだ。文字化けだらけの手紙。
あの日、どうしても彼女に渡したかったもの。
「で、なんて書いてあるのこれ。また柴犬のこと?」
「ちがうよ」
僕が立ち止まると、釣られて鳴瀬も立ち止まる。それから不思議そうにこちらを向く。
こんなこと今まではなかった。
朝登校して、席について、一言だけ挨拶を交わしたり交わさなかったりして、ホームルームに入る。
それだけだった。それがいつも通りだった。
好きな人が隣の席にいるだけでドラマが始まったりなんかしない。
そのはずなのに、奇跡が起きてしまった。
ある日突然幸せな日々が訪れた。満ち足りた時間に酔いしれた。終わりなんて来なければいいと願うようになった。
そうやって僕はあの日の気持ちを忘れていった。本当に厄介な病気だ。
まさか奇跡に化ける病だったとは。
「──これは、僕のことだ」
でも思い出した。
大して話もしたことない隣の席の彼女に、僕はどうしても伝えたかったんだ。
「……僕は」
やわらかい微笑みも、真剣な眼差しも、晴れ渡る青空も。
ぜんぶ綺麗だよ、って伝えたかった。
彼女が好きだと言ってくれた僕の文字で。
「鳴瀬のことが好きです」
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