目覚めたら四足歩行だったんだけど

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目覚めたら四足歩行だったんだけど

 おいおいおいおい、マジかよ。ありえねえだろ。朝起きたら四足歩行になっているなんて。  昨日布団に入る前までは、ちゃんと直立してたんだぜ。それが今はどうだ。クソ汚ねえ地面がめちゃくちゃ近い。  しかも何だよこれ。俺の首には安っぽい合皮の首輪がついていて、そこから薄汚ねえボロ縄が伸びている。その先っぽを持つのは二足歩行の人間。嘘だろ⁉︎ ︎  まるで俺のことを自分の所有物か何かのように縄で引き、時々撫でたり馬鹿にしたような赤ん坊言葉で話しかけたりする。ついでに顔面には、気色悪い笑みが浮かんでいて、俺は嫌悪で全身の毛が逆立つ心地がした。  で、その毛なんだけど真っ黒だ。びっしりと全身に生えている。俺は毛が薄い体質なのに。  思わず地面に蹲り、寄り目にして視界に映る鼻面を観察する。やっぱり黒い。なあ、俺の顔はこんな色じゃなかったはずだろ。 「わあー、わんちゃんだ! 可愛い」  動揺を隠せない俺の前に、嵐のような勢いで人間のガキたちがやって来た。おい、やめろ、やめてくれ。俺の身体をベタベタ触るんじゃねえ。そこのおまえ、何とかしてくれ。縄を持っているおまえだよ! 助けてくれ、助けてくれ!  俺の喉から「きゃううん」という哀れっぽい悲鳴が搾り出される。それでも縄を持つ人間はどこ吹く風だ。やがて、俺を撫で回すのに飽きた子供たちが突風のように駆け去って行くのを見送ってから、「ほら、行くよ〜」と間延びした声が頭上から降ってくる。続いて縄を引かれ、俺は強引に立ち上がらされる。おい、やめろ。無理やり引っ張るなよ。  四肢を突っ張って全力抵抗したんだが、今の俺は人間よりもずっと小さいらしい。立てた爪は頑丈なアスファルトに傷一つつけることができず、ずるずると引きずられて、俺は抗うことを諦めた。くそっ、屈辱だ。    まるでペットのように縄で繋がれ、引きずられ、自由に行き先を決めることもできず、ただ無意味な散歩に付き合わされている。この頃には、四足歩行になったと気づいた瞬間の混乱が落ち着き始めてきたんだが、どうしてこうなったのか全く理解が及ばない。考えようにも、頭がぼやーっとして思考がまとまらない。もしかすると、身体が小さくなったのと同時に脳みそも小さくなったんじゃねえのか。  そんなこんなで、俺は縄に引かれるがまま、不愉快な散歩を終えて、赤い屋根の一軒家に連れ込まれた。 「おじいちゃん、お帰りなさい」  無邪気な出迎えの声がする。開いた扉から、犬と人間と食べ物と洗剤と香水と埃と排泄物とその他諸々が混ざり合ったカオスな臭いが溢れ出して、濁流のように俺に襲い掛かる。  縄を引いていた人間がポイっと靴を脱いだ。すげえ臭せえ。  四本の足を拭き、ダイニングに入る。じめっとした空気の中、台所から出て来た人間が俺の足元に皿を二枚差し出した。一つは水、一つはペットフード。冗談じゃねえ、こんなもん食えるか。せめてスプーンを寄越せ。 「あれえ、体調悪いのかな。大好物のはずなのに」  やめろ、やめろって! 俺の口に無理やりペットフードを突っ込もうとするな!  全身をねじり、魔の手から抜け出そうとしたんだが、どうにもならねえ。俺は声を荒らげて抵抗する。「ワンワン」という情けねえ怒りの声が響いた。  もう嫌だ。やめてくれ、夢なら早く覚めてくれ!    俺は狂ったように騒ぎ続ける。しばらくして、頭がぐわんと揺れて、目の前に星が散った。人間に叩かれたのだと気づき、俺は絶句する。人間に、暴力を振るわれた。この俺が。人間なんかに? 「もうっ! やっぱり可愛くない。だから犬なんて飼いたくないって言ったのに」  年取った方の人間が止めるのも構わず、ヒステリックに叫び始めた若い人間が、俺に罵声を浴びせ続ける。何度も何度も何度も。  もう、我慢の限界だ。  俺は牙を剥き出し、全身をバネのようにして後ろ足で跳躍した。そして人間の腰に飛びつき、爪牙を立てる……。 ※ 「この野郎!」  俺は、耳に飛び込んだ大音量で飛び起きた。  ちゅんちゅんと、呑気な小鳥の声が聞こえる。東向きの窓、カーテンの隙間からは強い朝日が差し込んで、金色に俺を照らしている。 「ゆ、夢?」  俺は目の前に腕を掲げた。大丈夫、黒くない。見慣れた、いつも通りのクリーム色だ。帰って来た。ちゃんと、現実に帰って来たんだ。 「タロウ、そろそろ起きなさい。朝ごはんよ」  下の階から、母さんの声がする。鼻を利かせれば、朝食の香ばしい匂いが漂っていた。  俺は大きく息を吐き、ベッドから這い出して部屋を出る。  朝からどっと疲れた。俺は、ダイニングの椅子に座り、キッチンに立つ母さんの背中に向けて、捲し立てるように今朝の夢のことを説明した。 「はあ、何それ」  全部聞き終えると苦笑交じりの声で言い、母さんが振り返る。白い顔に、呆れたような表情を浮かべ、俺の目の前に皿を置く。我が母親ながら、美犬なんだよな。指先まで一点の染みもない真っ白の体毛が、母さんのチャームポイントだ。 「変な夢ね。人間が犬みたいに二足歩行して、犬を飼っていたって?」 「うん。ほんと怖かった。というか、気色悪かった」 「そりゃそうでしょうね。もしかして、あんたが人間(ポチ)を散歩に連れて行ってあげないから、罰があたったんじゃないの? 人間を飼いたいってねだったのはタロウなのに」  耳が痛い話だ。でも、母さんの言うことは間違っちゃいない。俺は頷いて、庭のに目を遣った。つるりとした皮膚に覆われた人間が四本足を使い、無邪気に蝶を追いかけている。  まあ確かに、飼いたいって言ったのは俺なんだから、ペットのことは責任を持って可愛がってやらないとな。  いや、ともかく、俺達犬が人間と入れ替わった世界。マジでホラーな夢だった。  おまえらもペットのことは大切にしろよ。 〈完〉
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