現われた

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現われた

 5月。部活の練習にも慣れてきた頃、他校との練習試合に向けてレギュラーを決めるための紅白試合をすることになった。   「お前に足削られたぶりだな、試合すんの」 「何だよ澤田。根に持ってんのか?」 「いいや?」 「嘘つけ」  あれから高木とはサッカーという共通の話題もあり話すことが多くなった。今は俺の冗談に軽くタックルしてくるくらいには仲が良い。前はチームが違ったが今回は同じだ。高木はディフェンスだから幸い俺とはポジション争いがない。 「ちゃんと守れよな」 「お前もちゃんとゴールしろよ」  お互いの背中を軽く叩き合って気合を入れる。この紅白試合で活躍すれば、 1年でもレギュラーになる可能性は大いにあった。  試合が始まるとレギュラーになりたい一心で思った以上に熱が入ってしまった。ゴール前に転がったボールはヘディングをするには低すぎたけど、ゴールを決めて監督の印象を良くしたかった俺は勢いに任せボールめがけて飛び込んだ。 「豪!危ない!」  俺の危険を知らせる声が響いたが遅すぎた。結果的にボールを止めようとした敵チームの先輩のスパイクに思い切り頭をぶつけた。周りが心配する中で大丈夫と言いながら立ち上がったけど、額を切ってしまったらしく保健室のベッドまで連行された。  保健室で応急処置を受けた後、頭をぶつけているからと念のため病院行くかどうか相談する保健室の先生と監督の会話を聞きながら、ベッドでひとり安静にしていた。多少痛みはあったが意識ははっきりしていて、頭には異常はなさそうだ。ただ一つ気になることがあった。さっき俺の名前を呼んだのは誰だ?  部活の連中は先輩を含め俺のことを名字で呼んでいるのに、あの時「豪」と名前を呼ぶ声が聞こえた。またいつもの響の声が聞こえる幻聴かと思ったが、あいつの声には似ていたけどあいつの声にしては低かったような気がした。でもはっきりと「豪」と聞こえたのだが……。 「豪。大丈夫?」  そうそう。さっきもこんな声が聞こえた。ふと声が聞こえたほうに視線を送るとそこには人影があって逆光で見えにくい。だんだんと目が慣れてきた俺は、徐々に輪郭を現わしていくその人影の正体を見て、やはり自分の頭は異常になってしまったのかもしれないと思った。 「……響?」  俺の目の前には4年前に死んだはずの響の姿があった。 「そうだよ」  まるで当たり前という風に答えた人影の正体は亡くなったはずの響だった。しかも亡くなった小学6年生の出で立ちではなかった。俺よりは身長が低く見えるが最後に見た響より確実に大人っぽい、たぶん俺と同じ年だろう。響が順調に成長していたらこんな風になるのだろうなと想像した通りの姿だった。何故か服装は俺と同じ高校の制服を着ていた。 「はぁあぁあああああ!?」  思わず大声を出す。監督が何事かとカーテンを開いた。保健室の先生も奥で驚いた様子でこちらを見ている。ただ目線は俺だけを見ていて、響のことなんて視界に入っていないようだった。 「どうした!?大丈夫か?顔が真っ青だぞ。病院行くか?」  俺は驚いて声が出ず響のほうを見ていたが、響はただニコニコとそこでたたずんでいる。しかも「一応病院で診てもらったら?」と冷静な意見を述べてきやがった。監督たちは俺の目の前にいる響の発言に何も反応しない。これ以上頭の心配をされたくないから、「こいつのこと見えてます?」と聞く勇気は出なかった。だから素直に答えた。 「……そっすね。病院、行ってきます」  俺は大人しく監督の車で病院へ連れて行かれた。
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