【篠田視点】甘やかしデートのはずが…?

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 俯いたまま歩く先輩が内心どう思っているかわからない。本当は俺にあんなこと言われて嫌だったかも。  先輩は俺と付き合ってることを人に話すのを未だに許してくれない。だから俺は先輩のことは弟の剣志くらいにしか話せない。こんなに好きで、大事でたまらないのに。 ――本当はこの人が俺のものだってそこら中に言って回りたい。  ある程度歩いたところで先輩が俺の腕をそっと離した。何だか拒絶されたようで胸が締め付けられる。いつだって守ってあげたいと思っているのに、返って傷つけてるだけなんじゃないのか――。 「先輩ごめん。ただ元気になってもらおうと思って出掛けてきたのに……結局先輩のこと嫌な気分にさせて」  俺が謝ると、先輩はビックリした顔でこっちを見て立ち止まった。 「え、違う! こっちこそごめん。俺のせいで篠田に恥ずかしい思いさせて申し訳なくて――なんかほんとごめんな」  彼はいたたまれなそうに髪の毛を耳にかけている。 ――は? そんなこと考えてたのか?  この人は本当にわかってない。俺は先輩を引っ張って人けのない物陰に連れていく。 「あのさぁ、何を勘違いしてるのかわかんないけど、さっきのこと何も恥ずかしいなんて思ってないから。俺が先輩のこと好きなのも、別にホモだって言うヤツには勝手に言わせておけばいい。男同士だけど好きなんだから。それに先輩がお尻で気持ち良くなっちゃうことも俺にとってはラッキーでしかないよ。じゃなかったら俺たち付き合えてないし」 「ま、真面目な顔で変なこと言うなよ!」  先輩は顔を赤くして辺りを見回している。 「俺は真面目に言ってるんだよ。俺は先輩のお尻が大好――」 「ばか! やめろ!!」  周りに人もいないしいたとしても誰も聞いていないが、先輩は大慌てで俺の口を塞いできた。 「お前、何なんだよもう。なんでそんないつも自信たっぷりなんだよ!」 「別に。だって先輩を好きでなんで悪いの?」  恥ずかしそうに顔を赤くして口を引き結んでぷるぷる震えてるのが可愛い。 「俺は……こんなことがある度に自分が嫌になる。篠田のこと好きだけど、そのせいでお前に迷惑かけるのは嫌なんだよ」 「はぁ? だから迷惑じゃないって」  一つため息をついた先輩が意を決したように言う。 「あのおばさんにヤられかけて――おばさんが赤ちゃんに執着してるのを見て思ったんだ」 「は? 何を?」 ――なんでここでまたあのおばさんが出てくるんだよ。 「篠田は――俺なんかと一緒にならなきゃ普通に女の子と結婚して赤ちゃんが出来て幸せになれるのにって」  それを聞いて俺はカッと頭に血が上った。なのに先輩はまだ話し続ける。 「俺はもう、尻の方にハマった時点で女の子と結婚とか無理だけど篠田は違うから」  先輩はバカだといつも思ってたが、やっぱり大馬鹿だ。俺はもう我慢の限界だった。 「先輩、ちょっと一軒付き合ってもらう」 「え?」  有無を言わせず腕を引いて連れ出した。 「篠田、どこ行くの? ていうか俺の話聞いてんの?!」 「聞く価値もない。先輩バカすぎだろ」  俺は怒ってんだよ、黙ってろって。 「バカって酷くね? なんだよ人が真面目に話してんのに」  先輩はぶつぶつ言い続けている。  とにかく、この人が誰のもので俺が誰のものなのかってきちんとわからせないとダメなんだ。何度口で言ってもわかってくれないから、目に見える形にしないと――。  俺は歩きながら電話を一本入れ、ちょうどキャンセルで空きができたという返事をもらって目的地へ向かった。 ◇ 「え、おい篠田ここって……」  特徴的なブルーカラーが目印のジュエリーショップの前で先輩はドン引きしていた。こうなると思って今まで連れてきたことはなかったけど、俺自身は何度か下見に来ている。 「行くよ」  さすがにこんな場所で騒ぐ気にはなれなかったのか、彼は大人しく付いてきた。二階に上がって予約の名前を告げると担当者がやってくる。 「篠田様、お待ちしておりました」  柔らかい笑顔の四十代くらいの女性で、最初に来たとき同性に贈るためのリングを選んでいると言っても全く動じることなく対応してくれた。 「本日はご試着もなさいますよね」 「お願いします」 「お連れ様のサイズを確認しましたら、前回ご覧になっていたものをお出ししますね」  俺とこのスタッフが話すのは初めてじゃないと気づいて先輩は明らかに狼狽していた。担当者が後ろへ下がったタイミングで先輩が耳打ちしてくる。 「まさかここ、前にも来たことあるの?」 「あるよ」  先輩は何か言い掛けて口を開こうとしたが、諦めたようで何も言わなかった。試着する間も、彼は店員を警戒しているのか綺麗な顔から笑顔は消え、態度も素っ気ない。俺は先輩との初対面のときのことを思い出して笑いそうになった。 ――そうかこの人、緊張するとこうなるのか……。  まるで借りてきた猫のようだ。  いくつか付けてみて、俺たち二人ともに似合うペアリングが見つかった。 「これかな」 「うん、これがいちばんしっくりくる」  刻印をしてもらうのに時間がかかるので、受け取りは三週間後と言われた。カタログの入った紙袋を渡されて、二人で店を出る。
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