納豆争議

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 さっきからずっとのぶもりの話をしている女の子は、茜ちゃんという子。私とおなじ腐女子で、毎日お昼ご飯になってはブルモの話やのぶもりの話なんかをずっとしているのだ。入学してからの探り合いによって、なんとか私にできた初めての腐女子友達なのだ。ユズリハとリコが好きなのも同じ、のぶもりの解釈も一致、それで話は合うし、ぼそぼそと内輪でこんな話をし合っているのだ。  茜ちゃんとは他の人たち、それこそさっきから隣でやいのやいのと話し込んでいるキラキラとした女子たちに、斜め前の方に座っている同じクラスの男子たちや、たまに通りがかる本人ではないけれど先生たちにこんな話をしているのをバレないように、さまざまな隠語を作ったのだ。納豆、というのがそれにあたる。それなりにネットの中で有名である腐女子たちのあるあるを川柳にした、腐女子川柳というコンテスト?のようなものがあって、  納豆は もう大豆には 戻れない (腐女子になってしまったからには、もう元の女子には戻れない みたいな)  という名作に私たちは感銘を受け、腐女子という言葉は有名になってしまったからには、そうだ納豆という言葉を腐女子という言葉の代わりに使ってしまおうと二人の間で作ったものなのだ。 「っぱノブって左の適正ありすぎるのね」 「漫画の世界から出てきたような設定だもんね」  それから、私たちが独自で考えたわけではないけれど、右と左、という概念。それぞれ受けと攻め、である。男女同士の恋愛もの、というのは男がリードして、女がドキドキする、というものの方が多いかもしれない。まあかっこいい女の子がリードして、ドキドキしちゃう男の子というのもまあ多いか。  男女の方にはそういった概念はないけれど、時にBLの掛け算は争議をも生む。  男がリードするものとか、女がリードされるものみたいな少女漫画によくある関係は、両方が男であるBLには適用されない。リードする方が攻め、される方が受け。それは重大なことに関わってくるのだ。ブルモなら、カップルの表記としてユズ×リコと横に書いてある。原則左に書かれているのが攻め、右に書かれているのが受け。だからこそ、左右という隠語も生まれる。  しかしにしても、一見すると変わった文化に見えるかもしれないけれど、人数は多いし、そこまでマイナーな存在でもなくなったからだろうか、色々と奥が深くなっているものだ。 「ってかさ、なんかさっきクラスLINEきてた。テスト終わったらクラスのみんなでかっぱ寿司行きませんかってアンケートだって」 「そっかマジで来週の金曜日テストだもんなあ、マジで数学自信ないしほんとやりたくない」 「でもかっぱ寿司でしょ?定期圏内だしさ、わざわざ近いところも予約してくれてるし、結構安くて美味しかったような」 「でも私、刺身あんま好きじゃないんだけどなあ」  電車内でpixivを見まくっていたせいか、ギガがだいぶ使われてしまっていたようで、私の携帯は茜ちゃんのに比べて少し遅く通知が届いた。でろりん、と届いたアイコンは、絵が上手な佐野さんが描いた森田先生の似顔絵だった。さっきまで私たちはあんな話をしていたけれど、佐野さんたちみたいに純粋に森田先生を慕っている人もいるんだもんなあ、と私は心の中で苦笑いをした。  学級委員をしていて、クラスの中心である重野さんからのLINEだったために、どうしよっかなあと私は考えた。テストが終わったらどっか食べに行きたいなとは思っていたけれど、私は言ったように刺身は好きではない。小さい時に賞味期限が切れかけていた鮮度の落ちた刺身を人生で初めて食べてから、刺身を食べようとも思わなかったし、イメージとして美味しいというのが想像もつかなかった。 「でも寿司だけじゃなくてさあ、割とサイドメニューあるじゃん、それ食べればいいんじゃない、ポテトとか」 「そっかなー。とりあえず日にち確認してからアンケート投票するわ、空いてるかわかんないからね」  茜ちゃんがあ、それとあと森ちゃんとノブで最近思ったんだけどさあ、と何か言いかけたところで、私は何を言おうとしたか気になったけれども、だいぶ予鈴がなってしまいそうだったので、うわやば、もうちょいで授業じゃんと言ってささっとラウンジから退出した。よく見るとだいぶ私たち以外の人はいなくなっていたので、相当な時間話していたのかもしれない、と思って授業に戻って行った。  また次の日になって、その時の言いかけていた言葉を知った。地獄だった。 「そういやあ昨日いいかけてたんだけどねえ、私、のぶもりよりもりのぶの方がいいと思うの」 「え」 「割と裕美ちゃんも私もさあ、結構先入観に囚われてたっていうかさ、ちょっと発想を変えてみたいななんて」
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