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雨宿りができるマックスバリュの屋根の下、コートのボタンをぴっちりと閉めておじさんは心配した。
「嬢ちゃんにそんな反応されるとは思ってなかったんだよ、おじさんはこんなんだから信じてもらえないかもしれないんだけど、嬢ちゃんが初犯なんだ」
「うん」
私が初犯というのは、今でも本当にそうだったのかはわからない。ただおじさんは、いかにもハゲた太ったの不潔な感じではなく、メガネをかけた高学歴一般人のような見た目をしていた。
「おじさんみたいなのは、あったかいと現れる。春の魔力ってとこだ」
「いまっ、ぶゆっ」
「あったかいから服を脱ぎたくなる季節だし、春ってのは新しい環境と出会って心をすり減らすようなこともあって現実が嫌になりきるんだよ」
「んん、じがうっ」
あったかくもない。春でもない。不審者は春に現れるというのに、このおじさんは冬真っ盛りに現れたのだから。
「君みたいに現実が嫌になっただけなんだ」
流石に一緒にするなと思った。
「おじさんは嬢ちゃんをこれから誘拐しようなんて気はない」
「うぞだっ」
「信じて」
鼻もズビズビで全く自分に余裕がなかったから問い詰められなかったのだけど、やはりそんな露出狂野郎のことなんか信じられるはずはないのだ。
「おじさんはね、会社で嫌なことがあったんだ。今の嬢ちゃんに言うかは迷うけど、具体的には『出来損ない』とか、あとは飼ってた猫ちゃんが亡くなった時には『たかが猫が亡くなったぐらいで休むなゴミ虫』みたいな。だから話が聞きたい」
黙って話を聞いていた。こういう趣味じゃなくて安心した。
「じねっ、ギアラっ、じねっ」
「何、怪獣の話?」
友達に死ねと言ったのは初めてだった。そのくらい、当時の私にとてはあいつは嫌な奴だったのだ。
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