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「マジでなんで来てるんすか、用事またないんですよね」
「うるさい田中。別に自習の時に来てるんだからいいだろ」
「絶対ノブ先生のクラス今めっちゃ騒いでますよ」
「俺のクラスは森ちゃんのクラスとは違って大人しくて賢いから」
田中くんはノブ先生に若干怒られているようではあったけれど、それでも嫌いな割にはなんだか信頼関係ができているようで、そこまで強く注意はされていないようだった。ノブ先生が森ちゃん、と言った瞬間どきりとした。私たち以外に、知る中ではノブ先生と森先生が仲良くしているのを見るのが好きな人はいないとは思っていたのだけれども、心なしかさっきまでぼうっとしていたのに急によく見ている人が多いような気がした。
「ははは。ノブ先生の方が賢すぎるんすよ」
「絶対森田先生の方が賢いっすよ、俺とかいるし」
田中くんはノブ先生と森田先生の間に入らないでくれ、ちょっと静かにしといてくれよとは思った。でもちょっとノブ先生にディスられて、はははと犬みたいに笑っているところを見ることができたのは大きな収穫だった。俺とかいるし、とは言ったけれど田中くんはクラスの中でもテストで五点をとって学年主任の先生にお世話になっていたり、なんやかんや他の教科でもあまりよくなかったりすることで有名だったので、クラスの中ではんなわけねえだろ田中ー、とイジられ笑いが起こった。私もそのように笑っていたけれど、そのことに笑っていたわけではなかった。茜ちゃんも、たぶん。
「「田中、お前はもうちょっと頑張れ」」
二人の声が重なっていた。ほら言われてんぞバカー、赤点とんなよーとさらに笑いがおきた。私はそのことじゃなかった。やはり、これは笑うしかなかった。森田先生は担任だから田中くんの成績について知っていて、森田くんがちょうど五点をとったのはノブ先生の教科である数学。そっか、そっかと心の中で納得した。
「にしても田中、俺お前が知ってるより森ちゃんのこと知ってるから」
バクバクした。
「お前が知らないだけでさあ田中、俺森ちゃんも知らない森ちゃんの隠し撮り持ってるもんね」
「えっ、えっ、えっ、マッ、マジっすか」
田中くんありがとう。そしてありがとう森田先生、ノブ先生。私は本当に、今世に悔いはありません。それに、本当にこの高校に来てよかったなと思います。普通は、隠し撮り持ってるもんねなんて言われたら、もっと嫌そうな顔したり、何してるんすか、なんて森田先生だって言うはずだろう。なのにねえ、マジっすかって。
他の生徒たちがせんせー、めっちゃ隠し撮りしてますよー私ー、なんてキラキラとした森田先生好きの女の子たちが言った時は、おいやめろって〜って注意していたはずだった。仮に先輩だから遠慮しているとは言っても、それこそ何してるんすかノブ先生くらいは言っていたはずだろう?でも、すごいたじろいでいるように見えた。それはなぜか、私にかかればどのくらいだって語れる気がした。
私の方から私の顔を見ることはできないから、私がどんな顔しているのかはわからなかったけれど、指先を口元に当てると、おそらくニヤニヤしているような気がしたので、それを私はごまかすために、右隣の茜ちゃんに、
「かっぱ寿司、楽しみだね」
とぼそっと言った。
「だね」
茜ちゃんもまた、私と同じように笑っていた。
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