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イヌ存在
まずは最初の話である。
割れる前の大事な何か、それは土地の神へ奉納された御神酒が注がれる杯であった。人は御神酒を杯へ注いで神が口にするところを見ることなく去っていく。
御神酒と杯は神が舞い降りるまでその場に放置されるだろう。それは危険なことである。誰かが見守らなければ御神酒は奪われ汚される可能性もある。せっかくの御神酒なのに。
杯は御神酒を神の口へと運ぶ役目がある。他者の介入には無防備だ。たとえ盗まれようと、溢されようと、杯は何も抵抗ができない。
だから別の何かが見守らなくてはならないのである。それは動くことのでき、目に見える形のあるもの。そして、人と神の橋渡しができるもの。
狛犬である。
イヌは杯が割れる前からそこにいたのだ。だから割れた杯の四つの欠片にはならない。
四つの欠片は仲良く杯を囲む。イヌはそれを外から見守る。
イヌには犬相応の仕事があったのだ。
さて、これで話が終わりということでもない。イヌがそこにいないのはもう一つ理由が考えられる。
割れた杯に宿った何かというのは、所謂怪異である。大事にされ続けて宿ったというのはよく聞くが、物に宿るという時点で説明できない現象である。
つまり、バケモノということになる。いや、形を変えたのだから化け物と呼ぶ方が正しいだろうか。とにかくその四つは化けた、化けることのできる存在だったということである。
実際どうだったかはわからないが。
もうこの際、蚊取りブタは窓際へ置いておこうじゃないか。タヌキ、キツネ、ネコについて話そう。
彼ら、もとい奴らの共通点は何だろうか。化けることである。有名な話だろう。奴らは「化ける」ことが得意なのだ。
というより、奴らは人をバカにしたところがある。化けてバカにしてくる。
そういう点では奴らは気が合うだろう。蚊取りブタが少し哀れに感じる。
イヌは可愛いものだ。化けたイヌなど聞いたことがない。あいつらはバカにするのではなく、人と一緒にバカにされる側なのだ。
化け犬なんてものを聞いたことがあるだろうか。イヌの鳴き声は魔を祓う神聖なものである。犬神というものはあっても、あいつらは自ら化けるものではないのではないだろうか。
化け狸、化け狐、化け猫。その類いに化け犬はいない。
そもそもイヌは化けられるほど賢くない。おっと失礼。噛むな噛むな、噛まないでくれ。
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