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No.11「愛した男の弟」🔞
登場人物
・受け 真琴(まこと)…………分家のオメガ。
・攻め 誠二郎(せいじろう)…本家の次男でアルファ。
・その他
誠一郎(せいいちろう)………本家の長男でアルファ。誠二郎の兄。
朔弥(さくや)…………………優秀なオメガ。
俺は、とある人と婚約することになった。
相手は俺の家系の本家であり、遠い親戚の長男。
「子どもが産める」というオメガの体質から、男だがアルファである長男と婚約をすることになったのだ。
オメガであれば、女よりも出産率は高い。その上名家の血を途絶えさせたくないのか、分家の中で唯一のオメガである俺が、婚約者として選ばれた。
「ッ……は、」
本家を訪れると一つの部屋に通され、長男を待つ。
俺は両親により発情を促す薬を飲まされていて、段々と体が火照ってきた。
「ッッ………」
パタン、と襖が開かれる音がする。
顔を上げると、そこには10歳ほどの少年が立っていて、息を荒くして俺を凝視していた。
黒く、光に透けて赤く反射する艶やかな髪。
顔は本家の当主の面影を感じ、彼が次期当主であり長男なのかと理解した。
こんな小さな子供と、婚約を結ぶのか……
発情期で朦朧とした頭ではこれ以上は考えられず、ぼんやりと少年を見上げる。
少年は、俺の匂いに吸い寄せられるようにしてフラフラと近づき、肩に手を当てた。
…なんだろう、この匂いは。体の奥底から這い上がってくる熱を促進させるような、そんな強い匂いがする。
「あ、」
服の襟を引き下ろされ、首筋に少年が顔を寄せる。
既に体には力が入らず、抵抗することも無く首筋を噛まれた。
「ッッーー~~~!!」
全身が、熱い。首を噛まれた痛みよりも、体を燻る熱が辛い。
息が荒くなる。呼吸が、できない。
はくはくと口を魚のように開閉し、そしてドタバタと騒がしい足音を最後に、意識が途絶えた。
「…本家の次男と番契約をしたんだって?」
「……もうしわけ、ありませ…ッッ」
地面に額を押し付け、謝罪の言葉を発する。
だが目の前の男は許してくれる筈もなく、俺の頭をグリグリと踏みにじり怒声を投げつけた。
「謝ってくるされる事じゃあ無いだろ!!この、無能が。対して役にも立たないお前を、何故今まで育ててきたと思っている!?」
「ッ、も…もうし、わけ…」
「チッ……折角、本家に取り入る良い機会だと思ったのに……お前のせいで、俺達の計画は全て台無しだ。どうしてくれる!!」
「ッい゛……」
頭から足が離れたと思ったら、腹を蹴り上げられた。
鈍い痛みに呻くことしか出来ず、刺激に耐えようと歯を食いしばる。
「……もういい。今すぐこの家から出て行け。役立たずなどこの家には不要だ。」
フッと怒りが収まった男が、俺に冷たい言葉を投げかける。
興味を失ったらしい。……いや、これから本家に取り入る新しい策を考える事に忙しいのだろう。ブツブツと何かを呟きながら、俺の前から去っていった。
「………」
フラフラと、痛む腹を擦って立ち上がる。
ぎゅっと両手を握り締め、泣きそうになるのを必死に堪える。
今まで暮らしてきた日本家屋の裏門からそろりと抜け出して、行く当てもなく家から離れようと歩き出した。
「……どうしよう。」
かなり遠くに来た。もう家は全く見えないし、きっとここまでは誰も来ないだろう。
…これから、どうしようか。
両親には捨てられ、金になりそうな物はひとつも持っていない。
生きるすべを何も持っていないことに絶望し、川の傍の土手に座り込んだ。
もう、動く気力もない。足が棒のようだ。
「………」
いっその事、死んでしまおうか。
そんな事を考えた瞬間、背後から肩を掴まれた。
「ッッ……!?」
「ああ、やっぱり。お前、分家のとこのオメガだろ。こんな所で何してるんだ?」
「あ、え……」
慌てて振り返ると、そこには珍しい金色の髪と、空のような水色の瞳を持った男が立っていた。
男は、訝し気に俺を見下ろしている。
「家に帰したって言ってなかったか?」
「ええ、その筈ですが……」
男の後ろにいた使用人らしき人が、答える。
その使用人に見覚えがあり、彼らは本家の人なのだと気が付いた。
「……髪もぼさぼさだし、服も汚れてんな。立てるか?」
「え、ッい゛……!!」
金髪の男に腕を掴まれた瞬間、激痛が走る。
服で見えない所には、両親によって付けられた怪我や打撲が大量にあった。
「あ、スマン。力が強かったか。」
「ぃ、いえ……」
パッと俺の腕から手を離した男が、俺なんかに謝る。
慌てて首を振ると、今度は手を差し出してきた。
「取り合えず、車乗れ。話はそれからだ。」
…手を取っても、良いのだろうか。
一瞬迷っていると、金髪の男が俺の手を掴み、引っ張り立たされた。
「ッッ……!」
「ほら。えーっと、真琴だっけ?家まで送ってやるから。」
「ッ、あ…や、」
パッと、男の手を払う。
駄目だ。家には帰れない。俺は無能なオメガで、両親には捨てられたのだから……
「……帰りたくないのか?」
「ッッ……」
「それとも、帰れない事情があるのか…?」
手を振り払ってしまったのに、男は気にする様子もなく俺の顔を覗き込んでくる。
じっとその澄んだ空のような瞳で見つめられ、震える声を押さえつけながら言葉を発した。
「す、ッ……すて、られて……」
「…捨てられたぁ?はぁー、これだからアイツらは。」
男が、大きなため息を吐く。
ビクッと体を震わせると、すぐに俺の手を掴んだ。
「本家、戻るぞ。コイツは俺が面倒見る。」
「ですが、彼は誠二郎様の……」
「だから、勝手に捨てられたら困るんだよ。」
「え、あ…あの、ッ」
話について行けず、混乱する。
だが男は俺の手を掴んで離さず、彼が乗っていたらしい車に押し込まれてしまった。
「離れが空いてるだろ、誠二郎に近づけさせる訳にもいかないから、そこ綺麗にさせとけ。」
「畏まりました。」
「ちょ、」
使用人らしき人が電話をし、それが終わると車が発進する。
混乱している俺を落ち着かせるように、男が俺の頭を撫でて軽く髪を整えた。
「挨拶がまだだったな。俺は橘家の次期当主、誠一郎だ。お前は真琴でいいんだろ?」
「は、はい……えッ、じ、次期当主、様!?」
驚いた。当主と髪色も目の色も違うから、まさか次期当主だとは思わなかった。
偉い人なんだろうなと、雰囲気から感じとっていたが……
「本来なら、俺がお前の婚約者になる予定だったんだ。悪いな、匂いに充てられたとはいえ、弟が勝手に番契約をしてしまったみたいで。」
「い、いえ……俺の、せいですので……」
両親に発情を促す薬を飲まされていたとはいえ、俺のせいだ。
俺が、彼の弟を匂いで引き寄せてしまった。
次期当主はアルファだが、その弟も同じくアルファなのだろう。
幸いな事に、番を解消してもアルファは新しく番を作ることができる。オメガの俺は……一生、一人で発情期のくる体と付き合っていかないといけないけど。
男を誘う匂いを出す体なんて、厄介な体に生まれてしまったものだ。
「お前のせいじゃない。番の契約をされてすぐにヒートが終わったって事は、アイツらに発情を促す薬でも飲まされてたんだろ。俺との既成事実を作る為に。」
「ッッ……」
男__次期当主の言う通りだ。
強制的に発情期になり、その匂いで次期当主を誘って抱かれ、子どもを作れと両親に言われていた。
番契約など相手からは簡単に切れるから、それよりも子どもを作った方が確実だ、と。
「大方、長男じゃない奴と番って帰ってきたから追い出されたって所か?」
「……は、ぃ…」
「薄情な奴らだな。まぁいいや。俺ら本家には人一人養うくらいの財力は余裕であるし、弟と番ったままでお前を野放しにする訳にもいかない。本家に来てもらうぞ、いいな。」
元々、俺にはもう帰る場所なんて無いのだ。
コクリと次期当主の言葉に頷いて、頭を下げた。
「よろしく、お願い致します。」
「おう、よろしく。」
俺と番ってしまった時期当主の弟と距離を離す為、俺は本家の敷地内にある離れに暮らすことになった。
だがタダで居座る訳にもいかず、弟が学校で家を空けている平日の昼間だけ、使用人として掃除洗濯、料理などの雑用を他の使用人と共にこなすようになる。
次期当主の弟とは、また彼が暴走して俺を襲わないようにと、絶対に会ってはいけないと言われていた。
「ッ、う……は、ッ…」
本家に引き取られて、一ヶ月が経った。
本来ならそろそろ発情期が来る次期で、今日は朝から体が怠い。休むという連絡すら出来ずに、布団の中で蹲っていた。
……遠くで、誰かの声が聞こえてくる。
その声に返事すら出来ず、俺は意識を失った。
「んッ……ぁ、あ……ッッ」
何だろう。とても、心地いい。
誰かに抱きしめられているような感じがして、ふと意識が浮きあがった。
「あ、起きたのか?」
「……せぃ、いいちろ…さ、ま……?」
「誠一郎でいい、様なんかつけんな。同い年なんだろ?」
「…です、が……」
耳元で、次期当主の声が聞こえてくる。
不思議に思って瞼を開くと、視界の端で彼の明るい金色の髪が見えた。
当主の妻に似たらしい、明るい金色の髪。
「ヒート来たって聞いたから、来てみたけど。あんま薬飲みすぎると体に悪いって言うからな。ちょっと我慢しとけよ。」
「ぇ、へ……ッ?んぁ、ンッ……ぁ、あ……?」
腰を掴まれて、ゆっくりと引き上げられる。
ヌプヌプと尻から何かが抜けていくような感覚がして、ぶるりと身を震わせた。
「大丈夫、ちゃんとゴムしてるから、孕むことは無いからな。」
「あッ…ぁ、あッ……んん、あッ…!」
腹の奥まで入り込んでいたモノが、引き抜かれる。
ギリギリまで抜かれたかと思うと、またゆっくりと奥へ押し込まれ始めた。
「は、ッ……真琴。」
「ンッ、んンッ……はッ、あ…あッッ!らに、なにこれ、ぇ……はッ、ぁう、あッ……きもち、あつッ…あつ、ぅ……ッッ」
熱い。体が熱くて、逆上せているようだ。
初めての感覚に、怖くなって目の前にあるものにぎゅっとしがみ付いた。
「はァッ…はッ、あ…あッ!ぁンッ…ぁーッッ、」
「ああ、そうだ。親父と話したけど、もし俺が当主になるまでに運命の番が現れなかったら、お前を俺の嫁にすることになったから。」
「んッ…ぁ、あッ…?」
「所謂、キープってやつだな。」
次期当主が何を話しているのか、イマイチ理解ができない。
ただ俺を抱きしめているのは彼で、優しく背を撫でられている事だけは分かった。
「ハぅ、はッッ……せいい、ちろッ…さま、ぁッ……あッ、あッッ…んン、んーーッッ!」
「……誠一郎、な。二人の時はそれでいいから。」
「んぅ、せッ…せぃ、いちろぉッ…?」
「そう、それでいい。」
片手は俺の腰を掴み、もう片手は背から俺の後頭部へと移動する。
優しく、優しく髪を梳くように頭を撫でられ、気持ちがいい。
「ッ、ぐ……は、そろそろ……」
「あッ、あ゛……?んん゛、ッ…や、だめッ…だめ、ぇッ…そこッ、そこさわ、ッ…ひ、あ゛ーー~~~ッッ!!」
腰を掴んでいた手が、いつの間にか露出していた俺の性器へと触れる。
後頭部にまわっていた手が肩へと俺の頭を引き寄せ、性器を握り込まれて強く扱かれた。
「かは、ッ…はッ、はーッッ……ぁ、あ……?」
「はーーッ、」
ぷしゃっと俺の性器から白濁が飛んだ瞬間、次期当主の手が動きを止める。
荒れた息を整えようと何度も深呼吸していると、後頭部を引き寄せていた手が再び背へと降りていき、優しく撫でた。
「んッ、ン……ッッ」
体に触れられるだけで、ピクピクと痙攣する。
ぐったりと脱力して次期当主に凭れ掛かっていると、両手で腰を掴まれて体を持ち上げられた。
「んぁ、ッッ!」
ずるり、と尻から何かが抜けていき、変な声が漏れる。
次期当主は俺を布団に降ろすと、タオルで俺の体を拭いて、下着とズボンを穿かせた。
視界がぼやけていてよく見えなかったが、彼も俺の傍で着替えているような気配を感じる。
「疲れただろ、眠ってていいぞ。起きたらまた説明するから。」
「ん、ん……」
髪を梳くように頭を撫でられ、心地いい。
体も怠く、何故か疲れている体はすぐに微睡み始めた。
次に目を覚ました時には、既に丸二日が経っていた。
何も食べずに二日間も発情期に苛まれていたから腹が減っただろうと、食事を取りながら次期当主の話を聞くよう言われる。
「一昨日も言ったけど、お前は俺の運命の番が現れるまでのキープっていう事になったから。」
「……はい。」
「悪いな。俺も反対したんだけど……お前のヒートの事もあるからと、親父に押し切られたわ。」
俺は、次期当主の運命の番が現れなかった時の、キープという事になった。
もし彼が当主になるまでに運命の番が現れなかったら、俺が次期当主と結婚するらしい。
確かに、俺の発情期の事もある。抑制剤は飲み続けていると赤子に影響が出ると言われていて、あまり飲ませたくはないらしい。
「…もし、俺に運命の番が現れたら。その時は、お前の好きにしていいから。」
「……」
コクンと、次期当主の言葉に頷く。
本当に彼に運命の番が現れたら、俺はどうしようか。
ここから追い出されたら、行く場所なんてない。
あわよくば彼に運命の番が現れず、俺を娶ってくれたら……と考えてしまい、自己嫌悪する。
俺を捨てた両親と、似たような事を考えるなんて。
「弟とそのまま番として籍を入れてもいいし、別の奴と共になってもいい。俺らは、最後まで拾った責任を持ってお前を援助するつもりや。」
「ありがとう、ございます。」
援助してくれると聞いて、内心ホッと安堵する。
だが彼の弟とそのまま番として籍を入れることは無いだろう。聞いた話によると次期当主の弟は10歳らしく、俺と8つも離れている。
「多分、お前の匂いに反応して番契約が為されたって事は、アイツもアルファなんだろ。本来ならあと五年経たないと性が分からない筈なんだけどな。」
男女とは別の第二の性は、15歳前後で発覚する。
それ以前にアルファは優秀で、オメガは無能だと言われているから、15歳を迎える前からある程度の性別は予想できた。
俺は鈍くさく、容量も悪い。頭は悪い訳ではなかったが、幼い頃から他人よりも努力しないと結果を出せなかったからオメガだろうと言われ親に蔑まれてきた。
どれだけ頑張っても結果は平凡より上にはならない。親にも見放されて、努力することも諦めた。
「もしお前が俺の嫁になるんなら、アイツとは番契約を解除してもらうから。ちゃんと、俺が傍にいるから安心しろ。」
「……はい。」
元から、彼の弟とは番契約を解消するつもりだ。次期当主の運命の番が現われても、現れなくても。
「……真琴。」
「……?」
名前を呼ばれて顔を上げると、次期当主がじっと俺を見つめていた。
透きとおる空のような瞳が、俺を見据える。
「さっきも言ったけど、俺の事は誠一郎でいい。敬語もナシな。同い年なんだろ?」
「っ…ですが。」
「真琴。」
「………分かった。これで、いい?」
満足そうに、次期当主が頷く。
彼の手が俺に伸びてきて思わず体を縮こめると、一瞬間が空いた後、俺の頭に彼の手が置かれた。
「ッッ……」
わしゃわしゃと、頭を撫でられる。
その動きは荒いのに、何故か優しさを感じて涙腺が緩んだ。
数年後、俺が次期当主_誠一郎の運命の番が現れるまでの婚約者になったという知らせが、全ての分家にも渡ったらしい。
俺の両親が本家に来たと報告を受け、離れにから出ないようにと言われた。
「………」
両親の喚く声が、離れまで聞こえてくる。
うっすらと聞こえる言葉から察するに、自分たちの息子を嫁に出すのだからと本家からの恩恵を受けようと必死なようだ。
だが当主と誠一郎が適当にあしらい、俺に会わせろと言われても頷かないらしい。
終いには、当主に「お前たちが捨てたのだから、彼はもうこちらのものだ。」と言われてしまい、喚き散らし始めた。
ドタバタと大きな音が聞こえてきたから、きっと暴れでもして外へと投げ出されたのだろう。
暫くすると屋敷の中は静まりかえり、離れに誠一郎が顔を出した。
「もうアイツらは帰ったから大丈夫だぞ。」
「ッあ……ありがとう、ございます。申し訳ありません。」
「あー、もう。だから、二人きりの時は普通に話していいんだって。俺堅苦しいの苦手だって言ってるだろ。」
「……そうだったね。」
誠一郎は、時間が空くと必ず俺の元に来てくれる。
三か月に一回訪れる発情期には、俺が暮らしている離れに暫く一緒に過ごしてくれて、終わるまで傍にいてくれた。
彼は番ではないから発情期の治まりが遅く、迷惑を掛けているにも関わらず、誠一郎も当主も俺の身が一番だからと無理矢理薬を飲ませることは無い。
……優しい人達だ。俺の両親とは、遠いとはいえ血が繋がっているというのに似ても似つかない。
「一応、何があるか分からんから一週間くらいはあまり外に出んなよ。使用人たちにも言ってあるから、雑用もしなくていい。」
「ん。ごめん、迷惑ばっかかけて……」
「いいってば。もうお前は俺らの家族みたいなものだし。」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、心地よくて目を閉じる。
あまり人に頭を撫でられることなんて無かったから、こそばゆい。
だが嫌いじゃなくて、いつも手が離れるまで大人しく撫でられていた。
「親父も、お前の事気に入ってるみたいだしな。俺に運命の番が現れたとしても、誠二郎の婚約者にさせたいとか言っとったし。」
「ッ、え……」
初耳だ。確かに当主も、その妻である誠一郎の母親も、俺を本当の息子のように接してくれる。
離れに押し込んでしまってすまない、と謝られた事もあったし、俺の両親が何をしてくるか分からないからと学校に行けない代わりにと、態々家庭教師をつけたりもしてくれた。
だが、誠一郎の妻にならなくてもその弟の妻にと考えている事は初めて聞いた。
「ああ、勿論お前の気持ちが優先だからな?親父が何と言おうと、それは俺が譲らないから。」
「ん、ありがとう。」
誠一郎の手が、俺の頭から離れていく。
少し寂しく思いながらも、目を開いて彼を見上げた。
「……俺は、もし誠一郎の運命の番が見つかったら、ここから出るつもりだから。弟さんとも歳が離れてるし、お世話になりっぱなしも嫌だから恩返しもしたいし…」
「別に、お前はもうもう一人の弟みたいなものだし、迷惑とか誰も思ってないけどな。まぁでも、誠二郎と8つも離れてるからなぁ。」
…弟、か。そうだろうな、彼は俺の事を「そういう目」では見ていないから。いつも俺の発情期を治める為に抱いてはくれるが、最低限しか体には触れないから分かっていた。
だが、俺は……
「まぁ、まだまだ先の事だし。またその時が来たら考えればいいだろ。」
「…そうだね。」
俺は、俺なんかを拾ってくれて優しくしてくれる誠一郎に、惹かれていた。
オメガなのに俺を蔑んだりせず、どれだけこの体のせいで迷惑を掛けても、嫌な顔一つもしない。
俺が彼の妻になるかもしれないからだとは分かっているが、それでも俺は彼に恩を感じ、そして想いを寄せていた。
「そろそろ戻るわ。早くしろって親父に叱られそう。」
「ん。仕事、頑張って。」
「おう。」
誠一郎が立ち上がり、もう一度俺の頭を撫でてから背を向ける。
彼は次期当主として忙しい身だ。それなのに仕事の合間に俺の様子を見に来てくれる彼に、嬉しさを覚える。
「……いっちゃった。」
パタン、と引き戸が閉まり、また一人になる。
静かになった部屋の中に、俺の溜め息だけが響いた。
「誠一郎の、運命の番が見つかった。」
俺が彼の仮の婚約者となって、数年後。
突然当主に呼び出されたかと思ったら、そう告げられる。
ショックで、頭の中が真っ白になった。
「前に告げていた通り、アイツに運命の番が現れた以上、君との婚約は解消することになる。」
「…はい。」
必死に冷静になろうと心を落ち着かせ、当主の言葉に頷く。
「真琴。君はこれから、どうしたい?まだ誠二郎との番は解消されていないが……そのまま、アイツを婚約者として君に宛がう事もできるぞ。」
「……」
「俺や妻は、出来ればそうして欲しいと思っているが……誠一郎に、君に選ばせろと釘を刺されているからな。」
……俺は、5年前から気持ちは変わっていない。
俺の発情期が訪れる度に、誠一郎は俺を介抱してくれていた。それを彼の運命の番が知ったら、いくら俺が彼の弟の番でも、きっと不安になるに違いない。
「…俺は、ここから出て一人で暮らそうと思います。これ以上、迷惑をかける訳にはいかないので。」
「迷惑だとは一度も思った事は無いが……そうか。」
橘家は色々な事業に手をつけていて、そしてそのどれもが良い成績を叩き出している。その中には、オメガを雇用した事業もあった。
数年前に俺はそこに就職させてもらっていて、だが仮とはいえ誠一郎の婚約者という肩書を持っている間は、本家の屋敷にある離れに住まわせてもらっていた。
彼らに迷惑をかけないようにと就職したのだが、恩返しをしようにも家賃すら受け取ってもらえなかった。
当主によると、俺はもう三人目の息子のようなものだから受け取らない、らしい。
「最後にもう一度確認するが、誠二郎の嫁になる気はないか?」
「……いえ、ありません。彼もきっと歳が近い子が良いでしょうし、突然俺が番だと言われても困惑するだけでしょう。」
誠一郎の弟である誠二郎が新しく番を作れば、自動的に俺との番契約は解除される。
それがいつ来るのか分からず怯える日々が来ることは知っているが、それでもこれ以上ここにいる訳にはいかない。
頑なに当主の提案を拒否すると、残念そうな顔をしながらも分かったと言ってくれた。
「じゃあせめて、君の新居くらいはこちらで用意させてくれ。勿論、君の給料で払える範囲のアパートを探すつもりだ。」
「ッえ……いや、でも…」
「君の親として、できることはしてやりたいんだ。」
俺の親として、と言われてしまったら、もう何も言い返せない。
本当に俺を息子のように思ってくれているのだと嬉しくなって、当主の提案に頷いた。
駄目と大人に言われれば言われるほど、子どもというものはやりたくなってしまうものだ。
俺は10歳の頃に突然、敷地内の離れには絶対に近づかないように両親や兄、周りの使用人達から言われた。
最初は素直にその言いつけを聞いていたものの、数年経つと「何故行ってはいけないのか」という不満が出てくる。
それが募りに募って、数年前にこっそりと離れを訪れた。
確かあの時は、嗅いだことのあるような甘い匂いに釣られたのだったか。
いつの間にか俺は離れの戸の前に立っていて、閉まっている襖の隙間から中を覗きこみ、息を呑んだ。
そこには、とても儚く美しい人がいた。
濡れたような艶のある黒い髪は、うっすらと青を纏っていて。
黒の額縁で閉じ込められた瞳は、深い深い海の底のような青。
光に当たった事がないような真っ白の肌に、細い体。
この世にこれ程まで美しい人が存在したのかと、目を疑った。
だが次に視界に入り込んできたのは兄の姿で、美しい人の上に兄が覆い被さる姿を捉える。
美しい人はどんどん服を脱がされていき、抵抗することなくその白い肌に兄の手が触れた。
ぴく、と震えた白い体には女のような柔らかさはなく、胸も無い。
代わりに下半身に俺と同じような物があって、男なのだと理解した。
見てはいけない物を見てしまった。
まだ第二の性が発覚していないくらいに子供だった俺には、刺激が強すぎたのだ。
慌ててその場から逃げ出し、だが彼の姿が目に焼き付いてしまって、頭から離れない。
それからは、何度も何度も人目を盗んで離れに行き、彼を遠くから眺めた。
野良猫と戯れて、穏やかな笑みを浮かべている姿。
一人で寂しそうに空を眺めている姿。
真剣に、本を読んでいる姿。
心の底から嬉しそうな顔をして、兄を建物の中に迎え入れる姿。
そして、甘い匂いを漂わせながら兄に抱かれ、乱れている姿。
どの表情も俺の心を鷲掴みにして、離さない。
彼を見ているとドキドキと心臓が高鳴り、苦しくなる。
この感情が何なのか分からないまま、誰にも知られないように彼を眺める日々が続いた。
そんなある日。
大学から帰ってくると、俺の家からトラックが出ていくのが見えた。
引っ越し業者らしく、不審に思って丁度居合わせた兄に尋ねてみる。
「ただいま。なんか、引っ越しの業者みたいなのが出てったの見えたんだけど。」
「ああ。俺の元婚約者が、この家から出てったんだよ。だからもう、離れに行ってもいいからな。」
「……え?」
離れに行ってもいいと言われ、彼がこの家から出ていったのだと理解した。
彼が兄の仮の婚約者であることは知っていたし、運命の番を見つけたとついこの前、朔弥という名前の男を連れてきていた事も知っている。
だがいくら何でも早すぎではないかと、兄を睨みつけた。
「…運命の番と出会ったからって、追い出したのか。薄情な奴だな。」
「ハァ?そんな訳ないだろ。アイツが出ていくって言ったんだ。」
「……ふーん。」
きっと、兄に悪いと思ってこの家を出たのだろう。彼は、兄の事が好きだったのだから。
直接話した事は無いが、兄を離れに迎え入れた彼の表情が、そう語っていた。
「…その元婚約者は、どこに行ったんだよ。」
「答えられる訳がないだろ。お前にそれを言って、どうするつもりかによるけど。」
「会いに行く。」
「顔も知らない癖に?」
……確かに、俺が彼の事を盗み見ていた事なんて誰にも知られていない。
会った事もないのに急に会いに行くなんて言ったら、不審に思われるのも仕方が無いだろう。
「……お前は、アイツと会ったら駄目だ。」
言い返せないでいると、兄がふとそんな事を言い出す。
その言葉の意味が理解できず、兄を凝視する。
だが答えてくれることは無く、背を向けて去っていってしまった。
兄の元婚約者が出て行って、二ヶ月が経った。
この二か月間で兄は運命の番と結婚し、当主の座を譲り受けた。
二人はとても愛し合っているようで、兄は一度も元婚約者に向けた事のないような表情で運命の番である朔弥を見ている。
朔弥は俺よりも歳が2つ下で、兄と10つも離れているらしい。
「そろそろ、お前も婚約者を宛がうべきか。」
「……別に、婚約者とか要らない。」
休日の昼食の途中。兄と兄の番は仕事で忙しいらしく、両親と俺だけで食事を取る。
すると突然俺に婚約者を宛がうかという話になり、要らないと首を横に振った。
「言うと思った。お前は次男だからな、無理に作る必要は無いんだが……」
婚約者なんて、いらない。俺が欲しいのは兄の元婚約者である、彼だけだ。
「親の気持ちも少しは考えてくれ。出来れば孫の顔を見たいし、いつまでも一人だと心配なんだ。」
「まだ俺20代前半だし、別に焦る必要は無いだろ。」
「それはそうだが……」
「……そんなに言うんなら、一人欲しい奴がいるんだけど。」
渋る父親に、それならと口を開く。
気になる子でもいるのかと表情を明るくした両親に、俺は自分のモノにしたい男の存在を告げた。
「……アイツが欲しい。兄貴の、元婚約者。」
「ッッ……お前、どこで彼を……」
「そんなのどうでもいいだろ。アイツ以外、俺は要らない。駄目って言うんなら俺の事は諦めてくれ。」
きっと、駄目だと言われるのだろう。
だが本当に俺は彼しか要らないし、彼以外を選ぶつもりは一切無い。
そう告げると、俺の予想とは裏腹に両親は満面の笑みを浮かべた。
「真琴か!それなら、一度会ってみるといい。地図は送っておこう。」
「……え。いいの?」
「良いぞ……って言いたいところだが、決めるのは彼だからな。確か今日は休みで家にいる筈だぞ。」
嬉しそうに話しを進められ、母親からスマホに住所が送られてくる。
今日は彼の仕事が休みだと聞かされ、いてもたってもいられずに家から飛び出した。
ピンポンと、チャイムが鳴らされる。
発情期で仕事を休んでいた俺の家に、誰かが訪れた。
「ッ、う……」
体を動かす気にはなれず、一度無視する。
今この状態で外に出て、相手がもしアルファだったら終わりだ。
来訪者には悪いが、日を改めて来てもらおうとベッドから動かずにいると、ガチャリとドアが開いたような音がした。
「ッッ……!?」
無理矢理こじ開けるような音は聞こえなかったから、きっと俺が鍵を閉め忘れていたのだろう。
泥棒だったらどうしよう、と恐怖したのも束の間。覚えのある匂いに、一気に体が熱を持ち始めた。
「は、ッ……ぁ、あ……?な、んで……ッッ!?」
熱い。体が、熱い。視界がぼやけ、焦点が合わない。
段々と息が荒くなってきて、熱で脳が溶かされたように思考が回らなくなった。
「はーーッッ、はッ…ぁ、う゛……ッッ」
「……真琴?」
聞いたことがない人の声だ。だが、匂いには覚えがある。
懐かしい人の匂い。まだ二ヶ月しか経っていないのに、彼の事を思い出しボロボロと涙が溢れた。
「ぅあ、ッ…せッ、せぃいち、ろぉ……ッッ」
「ッッ……」
誠一郎の匂いだ。大好きな人の、匂い。
彼が俺の元へ来るなんて、無いと知っているのに。
「う゛ぅ、せッ…ぃち、ッ…ぐす、ッ…せいい、ちろ……ッッ、」
欲しい。彼が欲しい。沢山俺を抱いて、愛して欲しい。
……彼には、運命の番がいるのに。
俺とは全然違う、可愛い子だった。オメガなのに何でもできて、優秀な人だって聞いた。
俺なんて、足元にも及ばない。ただ誠一郎の足を引っ張って、迷惑を掛けていただけなのに。
「あッ……ぁ、ンッ……はァ、はッッ……」
誰かが、俺の体に触れた。
発情期のせいで敏感になっている体をぎゅっと強く抱きしめられ、それだけで達してしまいそうになる。
「…辛いな。大丈夫、俺がどうにかしてやるから。」
「んッ、んッッ……ぁ、ぅあッ……!!」
いい、匂いがする。落ち着く匂いだ。
誰かもわからないのに、ずっと体が求めていたような匂いがして、安心する。
ズボンと下着を脱がされて、カチャカチャと音がしたかと思うと尻穴に熱く硬いモノが触れた。
「んぁ、あッ……!う゛ぅ、はいッ…はいッて、ぇ……ッッ!!」
硬いものが尻穴に押し付けられ、それが俺の体内へと入ってくる。
感じた事の無いくらいの熱に、ナカが溶かされてしまいそうだ。
「あンッ…ん、ッ…あつ、あつ、ッ…あつい、ぃ……ッッ!」
「ハ……熱いな。」
ゆっくりとナカに熱いものが押し込まれ、奥まで届く。
コツン、と壁に先が付き、誠一郎のものよりも奥を抉った。
「ん゛ぅッ…あッ、あ゛ッッ……ふか、ッ…こわ、こわい、ぃッ!せぃい、ッちろ…せいいちろ……ッッ!!」
「チッ……」
ぎゅっと、怖くて目の前の男に抱き着く。
奥まで届いたモノがずりずりと引き抜かれたかと思うと、また奥までゆっくりと押し込まれていく。
何度もそれを繰り返され、ただでさえ熱いのに摩擦で更に熱を持った。
「…俺は、兄貴じゃない。なぁ、俺の名前呼べよ。真琴。」
「んぅ…ッッ?あッ、あッッ……んぁ、あ゛ッッ!!」
兄貴じゃない、という言葉が、何故か蕩けた脳に響いて奥まで浸透してくる。
名前を呼べと言われて、ふと誠一郎の弟の名前を思い出した。
8年前に一度だけ見た、赤みを帯びた黒髪をした少年の顔が、脳内に浮かび上がる。
……ああ、同じだ。あの時の匂いと、同じ。
誠一郎と似ていて、でも違う匂い。
「あッ、ぅあ…ッ、せ…んッ、せぃ…じろぉ、ッッ?」
「…おう。俺は、誠二郎だ。」
「んぁ゛ッ…せぃじろ、せいッ…せぃじろぉ、ッッ!だめ、それダメ、ッッ!おぐふか、ッ…だめ、きもちぃ゛ッ…きもちッッ!!」
当たっていたらしい。誠二郎と呼ぶと、彼が嬉しそうに頷いて、名乗った。
「あ゛ッ…だめ、だめッ…おぐおかひ、ッ…おかし、ィ゛ッ!しらな、づよい、ぃッッ!!」
「なんだ、兄貴に何度も抱かれてただろ?知らない訳ないだろ。」
「う゛ーーッッ、しりゃな、いッ…こんなッ、おぐ、おぐわかんなッッ…あ゛ッ」
こんなに奥深くを刺激された事は、一度も無い。
初めての刺激に恐怖と快楽でボロボロと涙を流し、誠二郎にしがみ付いてただひたすら喘いだ。
「ああ、兄貴より俺の方がデカいもんな。奥まで刺激されて、気持ちいいだろ?」
「ん゛ーーッッ!ぎもち、ぃッ…きもちぃ゛ッ…だめ、もぉイ゛ッ…いぐ、ぅッッ!!」
「ッは…イっていいぜ。俺も、お前のナカに出すから。なぁ、真琴。俺と番になろう。俺の子孕んで、身も心も俺のモノになれよ。」
「ひ、ッッ……あ゛ッ、やばい、でるッ…でる、ぅーー~~~ッッ!!」
もう彼の言葉の意味は理解できなくて、奥を何度も突かれながら絶頂を迎える。
視界が真っ白に染まり、ガクガクと腰が大きく跳ねた。
誠二郎に腰を押し付けられ、奥深くに入ったまま腹の奥が熱くなる。
「あッ、あッッ……あつ、ぅッ……ぅそ、なかッ…なか、にぃ……ッッ!?」
「っ、はーー、ッッ……あ゛?」
襟を引っ張られ、首筋が露出する。
噛むつもりだったのか顔を近づけた誠二郎が、ピタリと動きを止め低い声を発した。
「……なぁ、誰に噛まれたんだよ。兄貴?」
「はーッッ、はぁッ……ぁ、え……?」
「俺のなのに……許せない。兄貴には、朔弥がいる癖に……」
「あ゛ッッ!?まッ、まっで、もぉむッ…むり゛ィッ…むりッッ、とま、ッで…とまッッ!!」
昔誠二郎に付けられた噛み痕の上から、大きくなった彼が俺の首筋に歯を立てる。
ギリギリと痛みか快楽か分からない刺激を感じたかと思うと、ごちゅんと腹の奥深くを抉られた。
「ッッあ゛!!あ゛ーーッッ!もぉ、む゛ッ…むり゛ぃ、ッッ!」
無理だと言っているのに、何度も何度も腰を打ち付けられる。
今まで与えられたことのないくらいの強い刺激に、ガツンと脳を揺さぶられたような感覚を覚え、意識を失った。
「……ん、」
温かいもので包まれているような感覚がして、ゆっくりと目を開く。
優しく頭を撫でられていて、気持ちが良い。
「…真琴?」
「ッッ……あ、?」
聞こえてきた声に、慌てて距離を取ろうと体を突っぱねる。
だが力で敵う事はなく、ぎゅっと強く抱きしめられてしまい余計に逃げられなくなった。
「…何で逃げようとするんだよ。」
「や、ッ……」
「……別に、お前が兄貴の事が好きだって知ってるけど。アイツには運命の番がいるし、諦めて俺にしろよ。」
「ッッ……な、んで……」
彼の瞳が鋭くなり、じっと俺を見下ろす。
……何で。彼は、俺の事を覚えていない筈なのに。間違って番になった日以降、一度も会わなかったのに。
「……で。コレ、誰に噛まれたんだよ。やっぱり、兄貴?」
「ひぁ、ッ……あ、ち…ちが、ッ……」
「兄貴じゃないのか?じゃあ、誰。」
するりと首筋の噛み痕をなぞられ、ぞわぞわする。
変な声が漏れてしまい逃げようともがくと、誠二郎が俺の首筋に顔を埋めた。
「せ、ッ…せぃ、じろ……」
「……は?俺?」
「ンッ……む、むかしに……」
スゥ、と匂いを嗅ぐかのように息を吸われ、体が震える。
昔、俺の発情期の匂いに充てられて首筋を噛んだのは、紛れもなく目の前の男だ。
彼は新しい番を作っていないらしい。発情期が一度抱かれただけですぐに治まったのは、番に愛されたから。
「……俺、そんな記憶無いんだけど。」
「そりゃあ、もう8年前の事だから……」
「8年って……俺まだ10歳じゃん。」
体を少し離し、目を見開く誠二郎の言葉に、頷く。
あの後すぐに検査をしても第二の性が出ることはなかったらしいが、きっとあれは………
「……多分、運命の番なんだと…思う。だから、俺のヒートの匂いにつられて……」
「…あぁ。だから、あの時………」
覚えがあるらしい。
納得しているような神妙な顔をする誠二郎に、話を続けた。
「…本当は、その時に誠一郎と番になって、本当の婚約者になる予定だったんだけど……その前に誠二郎が来て、噛まれたからその話ごと無くなったんだよ。」
「え゛っ…そうだったんか!?」
「……うん。」
誠二郎から視線を外し、頷く。
あれが無ければ、俺は誠一郎と番になっていた。
もし運命の番が現れたとしても、その頃にはもう子供もできていただろう。
そうしたら、情の厚い彼は俺を捨てきれずに運命の番ではなく俺を選んだかもしれないのに。
「……真琴。」
「ん、なに?」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
いつの間にかすぐそこに誠二郎の顔が近づいていて、驚いて身動ごうとしても離れることはできなかった。
「っ、ん……!?」
ちゅっと音がして、唇に柔らかいものが触れる。
それはすぐに離れていったが、誠二郎の瞳から視線を逸らすことができなくなってしまった。
「…お前には悪いけど、兄貴と番う前に俺が噛んでて、良かったわ。俺は、一生番を解消するつもり無いから。」
「ッッ……」
再び首筋を撫でられ、体が震える。
思わず首を竦めると、誠二郎がクスクスと笑い声をあげた。
「覚えてるか?俺、お前のココに沢山出したんだぜ。赤ちゃん、できてるかもな。」
「ッ、あ………」
もう片手で俺の腹を撫で、距離を詰められる。
首筋を撫でていた手が俺の背にまわり、ぐっと強く引き寄せられた。
「絶対に、逃がさないから。」
「ッん……ぁ、せぃじろ……ッッ」
8年ぶりに会ったというのに、何故か重い重い愛を向けられる。
何なら、今まで一度もまともに話したことすら無かったというのに。
「な、んで………」
「何でって。そりゃあ……いや、何でもない。」
「……なにそれ。へんなの。」
ふふ、と笑い声が漏れる。
意味が分からなくて、クスクスと笑い続ける。
「……何笑ってんだよ。」
「ふはっ、いや……だって、ッッ……」
笑いが収まらない俺を見て、誠二郎が不満そうな顔をして俺を見下ろした。
俺より大きく男らしく成長したのに、なんだか子供みたいで可愛い。
いや、まだ子供か。もう18歳とはいえ、俺とは8つも離れているんだ。
「ふふっ。なんかこんな風に笑うの、久々な気がする。」
「……まぁ、お前が楽しそうなら何でもいいけど。」
ムスッとした顔でそんなことを言う誠二郎に、更に笑いが込み上げてくる。
中々止まない俺の笑いに、段々と彼も釣られたように口角を上げはじめた。
「まこと。」
「ん~?」
ふと真剣な顔をした誠二郎が、ぎゅっと俺を抱き締めてじっと見つめる。
「……俺を選べよ。兄貴じゃなくて、俺を。」
「えー、どうしよっかな。」
「…………」
「ふはっ、冗談だって。そんな怖い顔しなくても……ッわ、ッッ!?」
冗談めかして言ったのに、彼は先程よりも不満そうな顔をして俺の肩を掴み、ベッドに押し付けた。
「お前が頷くまで、たっぷり犯してやってもいいんだぞ?何なら、孕むまでココに注ぎ込んでやるよ。」
「ッッ……この、エロガキが……」
「そりゃあ、そういう年頃だからな。」
ニンマリと不敵な笑みを浮かべ俺の腹を撫でる誠二郎に、危機感を感じる。
だが、やられっぱなしという訳にはいかない。
俺は彼より歳上なのだ。歳上としての余裕を見せなくては。
「それよりも、まずは誠二郎の両親に報告することからじゃない?ここ教えたの、あの人たちだろ。」
「………」
「ほら、そんなムスッとしないでさ。」
俺を押し倒している彼の手を振りほどき、腕の中から抜け出す。
痛む腰を擦って、ベッドから這い出た。
「ッてて……」
「まだ体辛いだろ。ヒートで暫く仕事休み取ってるんなら、報告は明日でいいから。」
「え、ッッ!」
腕を掴まれたかと思うと、ぐいっと引きずり戻される。
そのまま誠二郎に抱きしめられて、ベッドに寝かされた。
「…ほら、二度寝しようぜ。ヒートは治まったとはいえ、まだ甘い匂いするから外に出したくないし。」
「ッッ……ふは。他人には、その匂いしないんだって。」
8年前に彼に噛まれた時から、俺の発情期の匂いは彼にしか分からないようになっているのに。
何が何でも外には出したくないらしい。仕方なく、彼の腕の中で目を閉じる。
「…やっと、手に入れた。もう絶対離さへんから。」
「………」
「愛してる、真琴。」
誠二郎の言葉に、俺は応えることができない。俺が愛しているのは彼ではなく、その兄である誠一郎だから。
だが、少しなら。少しくらいなら、彼に目を向けても良いかもしれない。
俺達は運命の番なのだ。きっと、8年前の事が無くてもいつかはこうなっていたに違いない。
あんなに小さかったのに、この8年で随分と成長した誠二郎に強く抱きしめられ、その温かい体温に包まれて俺はもう一度眠りについた。
数年後。
「え…朔弥君、二人目できたの!?おめでとう!!」
「あざっす。」
誠二郎が当主になった誠一郎と話をしている間、俺は別の部屋で誠一郎の妻である朔弥君と一緒に時間を潰していた。
勿論、お互いの子供達も連れて。
「真琴さんたちは、二人目とか考えないんですか?まだ30代前半だし、作ろうと思えば作れますよね。」
「あー、うーん……どうしよっかなって思ってるんだよね。誠二郎、二人目欲しいとか言わないからさ。」
同時期に生まれた子供達は、そろそろ4歳になろうとしている。
今は二人で仲良くおもちゃで遊んでくれていて、子供達を見ながら朔弥君と雑談をしていた。
「若いなぁ。俺なんか、暫くはいいやって思っちゃうもんな。辛いし、痛いし……産後うつも結構酷かったし。」
「まぁ、大変そうでしたもんね……でも、やっぱり一人っ子だと何かと、ねぇ?ほら、三人いたら社会性が育つって言うし、あと二人は欲しいなーって。」
「ふはっ、君若いのに古い考えしてるな。」
誠一郎と10つ違いという事は、同じく俺の10つ下の筈だ。
それなのに古い考えをする朔弥君に笑い、だが二人目かぁ…と考え込んだ。
「…今度、誠二郎に聞いてみようかなぁ。欲しいかな、二人目。」
「真琴さんはどうなんすか?」
「俺?俺は別に、一人でいいかなって思ってるけど。誠二郎が欲しいって言うんなら、考えてもいいかなって。」
誠二郎が二人目が欲しいと言うのなら、考えてもいい。
そう言うと、俺達がいた部屋の襖が開いた。
「俺も一人で十分だ。辛そうなお前を見ているだけしか出来ない方が辛い。」
「あ、終わったの?……って、なんだ。聞いてたんだ。」
そこには俺の夫である誠二郎と、朔弥君の夫である誠一郎が立っている。
子供達は父親が来た事に喜んで、彼らに飛びついた。
「戻ったぞ。仕事の話は終わったけど、どうする?飯でも食ってくか?」
「あ、いいの?」
ありがたく誠一郎の誘いに乗ると、彼が自分の子を抱き上げて俺の子を見た。
「お前、果物あんまりだったよな。子供は?」
「この子は大丈夫みたいだよ。果物めっちゃ好きだから。ねー。」
「そっか。じゃあお前のだけ抜けばいいか。準備させっから、ちょっと待っとけ。」
俺がアレルギー持ちである事を、覚えていたらしい。
今まで果物なんて高価なものを与えられる事が無かったから分からなかったが、誠一郎の仮の婚約者として暮らしている時にバラ科アレルギーが発覚し、一度医者に全てのアレルギーを調べてもらっていた。
「……」
「……」
二人で会話をしていると、朔弥君が頬を膨らませて誠一郎の服の裾を引っ張る。
同時に俺も誠二郎に肩を掴まれて、強い力で引き寄せられた。
「なんだ、どうかしたのか?」
「ッわ……!ちょ、危ないって。どうしたんだよ、急に……」
どうかしたのかと振り返ると、誠二郎が不貞腐れたような顔をして俺を見下ろしている。
何故不満そうにしているのかが分からず、首を傾げた。
「……別に。ようやく終わったのに子供と真琴さんにばっか構って、俺には構ってくれないのかとか思ってませんよ。」
「仕事で疲れた夫を労わろうとは思わんのか、お前は。」
ムスッとした顔で二人がそう言い、俺と誠一郎は思わず吹き出してしまう。
「フハハッ、大丈夫だって。俺の一番はお前だから。機嫌直せよ、朔弥。」
「ったく、もう……子供じゃないんだから、たったこれだけでシケんなって。ほら、お疲れさんのぎゅー。」
俺が誠一郎とばかり話していたから、不貞腐れてしまったらしい。
ムスッとしている誠二郎に苦笑しぎゅっと抱きしめてやると、俺らの隣で誠一郎が子供を抱き上げていない腕で朔弥君を引き寄せて、軽くキスをした。
「愛してる、朔弥。」
「好きだよ、誠二郎。」
俺らの言葉に、ようやく二人が機嫌を良くする。
自分も、と足に抱きついてくる子供を、誠二郎が軽々と抱き上げた。
「ほら、移動しよか。」
「そうだな。」
歩き出した誠二郎と誠一郎に着いて行き、部屋から出る。
長い廊下を歩いて、六人でダイニングまで向かった。
俺は誠二郎の傍に。誠一郎は、朔弥君の傍に。
彼への気持ちを、たった数年で忘れる訳がない。だが誠二郎に愛され、愛おしい子もできて。
今はもう、誠一郎への気持ちは思い出として心の引き出しに仕舞われている。
「……なんだよ、俺の顔じっと見て。」
「んー?いや、幸せだなぁって思って。」
「…何、急に。変な奴。」
悪態を吐きながらも、誠二郎は嬉しそうだ。
クスクスと笑って、空いている腕に自分の腕を巻き付けた。
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