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久し振り
呆然と大きな穴と、ダムの工事を見つめている崇。
どれくらい時間が経ったのか、ふと、気が付くと、自分の後ろに誰かが立っている。
おどろいて振り返ると、そこには、年老いてはいるが、確かに、自分の父と母の姿があった。
「父さん。母さん。」
「崇。」
どちらもそれ以上は何も言わなかった。
3人でがっちりと抱き合い、ただただ涙を流した。
「そろそろ出てくる頃だと思って、毎日見には来ていたんだ。住所はお前の慣れ親しんだ住所じゃないと帰ってきづらいと思ってな。」
「村は、ダムに沈むのか。」
崇は、ようやく涙もおさまったくしゃくしゃの顔のまま父に聞いた。
「あぁ。もう年寄りしか残っていなくてな。バスも廃線になっちまうし、子供もいないから学校も廃校になった。丁度ダムの話が来たときには、住む場所を用意してくれるって言うんで、子供のいない年寄りも全員が賛成したんだ。」
「俺と母さんはお前が帰ってくるまではと思って、最後まで反対したんだけどな。でも、村中の総意じゃないと工事ができないからと言って、村長にも説得されてな。」
崇は、自分の為にきっと嫌な思いもしただろう父母が、それでも家を守ってくれようとしていたことに改めて、感じるものがあった。
「新しい家に連れて行ってよ。父さんと母さんがいれば、そこが俺の家だよ。これまで心配かけた分しっかり働くよ。」
崇は明るくそう言って、父の運転する車に乗った。
ダムの建設会社では、作業員を募集していた。
崇は、服役中に取得した電気工事や小型建設機械、フォークリフトの資格を生かして、ダムの建設会社に入社することができた。
自分の育った村を水に沈めてしまう工事に携わることは、なんだか寂しいような不思議な気持ちもしたが、父母がずっと手紙に書き記してくれたあの住所は、崇の胸の中に刻まれている。
水の中に沈んだとしても、いつまでも消えない記憶として。
そうして、新たにダムが出来上がった時には、美しいダム湖になった村に向かって挨拶をするのだ。
「久しぶりだな!」
【了】
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