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俺は親に買ってもらったばかりの紺色のスーツに袖を通し、いま家の洗面所で鏡とにらめっこをしている。
これが成人とかいう者になった俺の顔か。我ながら冴えない面だ。目は一重で細く、それ以外には特にこれと言って特徴がない。歯並びだけは良かったのが唯一の救いか。
そんなことを思いながら、俺は初めて締めるネクタイに苦戦しながらも、なんとか綺麗な形を造る。
スーツは親と一緒に量販店で選んだが、ネクタイだけは自分で選ぼうと思い、俺はネクタイコーナーにずらりと並んでいたネクタイの中から、光沢を帯びた薄水色の生地に緑で小さなヤシの木とサーフボードが刺繍されたなんとも南国の情景を思わせるこの派手な一本を手に取った。
ネクタイの真ん中には赤い文字で『Mac・Johnson』という人名の刺繡が入っている。これは、俺が大好きなシンガーの名前だ。
俺は自分に似た名前のシンガーということもあって、彼には特別な感情を寄せている。
もし、自分と似ている名前のアーティストがいたとしたら、自分とは全く関係ないはずなのに名前が似ているというだけで妙な親近感を感じて、なんだか嬉しくなってしまい、ついつい応援したくなる。
そういう事も時にはあるんじゃないだろうか。
マック・ジョンソンとの最初の出会いは、まさにそれがきっかけだった。
ここで不思議に思うかもしれないが、俺の名前は『木村 ジョンソン』という。
顔も体系も生粋の日本人のような俺だが、グローバルに対応出来るようにと、生まれて来た俺の為に親が計らった結果、俺の名前はジョンソンとなったそうだ。
だが、俺のこの顔でジョンソンという名前に違和感を覚える輩が世の中には少なからずいるのは確かだ。というか、俺もその一人だ。
学生の頃はその名前の珍しさに、周りから「格ゲーにいそう」とか「木村カ〇ラの親戚?」と弄り倒され、おかげで俺は自分の名前が嫌いになりそうだった。
しかし、このマック・ジョンソンとの出会いによって、俺はこの名前をちゃんと受け入れることができたのだった。
「うーん、ちょっとネクタイ派手過ぎたか?いや、せっかくの晴れ舞台だしな。これぐらいが丁度いいだろう」
鏡の前で俺はそのマック・ジョンソンの派手なネクタイをキュッと上まで締める。彼の陽気な楽曲を彷彿とさせるいいデザインだ。
俺はそうして成人式が行われる会場へと向かった。
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