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夫婦塔
「いつ炎上するか分からないな……」
観光課の課長は苦悩していた。
丘の上の観光地の古城で有名なテーマパーク。
中でもエレガントにそびえる『夫婦塔』が撮影スポットとして注目されていた。
「しかし……」
夫塔の方が妻塔よりちょっぴり背が高い。
「これって炎上案件だよな?」
課長は気がかりで居ても立ってもいられない。
最近、他の自治体でも続々と炎上が起きていた。
『夫婦杉』『夫婦岩』『夫婦茶碗』
あちこちの『夫婦〇〇』が「男女差別だ」と槍玉に上がっていたのだ。
ある市は『夫杉』と『妻杉』が同じ高さになるようにてっぺんを切りそろえた。
ある町は『夫岩』と『妻岩』が同じ大きさになるようにドリルで削った。
ある村の名産品の茶碗は『夫』も『妻』も同じサイズに仕様を変更した。
いずれも由緒ある『夫婦○○』だったのに……。
百年、いやそれ以上の歴史を誇っていたが、時代は変わったのだ。
『男女は平等であるべき』
そんなことは今どき常識だ。
連日どこかの『夫婦○○』が炎上騒ぎに巻き込まれ、ニュースになった。
いつ、この町の『夫婦塔』にその順番が回ってくることやら!
課長は焦っていた。
「こんな田舎町まで炎上の飛び火なんて来ないですよ」
新人の部下は気楽に大あくびをしながら「大丈夫っしょ」と言った。
「大丈夫じゃない!」
穏やかな課長が珍しく大きな声を出した。
「こういうことはまず先手を打つべきなんだッ」
経験上、課長は知っていた。
後手に回ると、問題が妙にこじれて面倒になることを。
「『妻塔』と『夫塔』を同じ高さにすればいいじゃん!」
そんな予算度外視のオピニオンが町民から出たらどうする?
役場にもテーマパークの運営会社にもそんな予算はない。
課長はそういう最悪の事態まで想定し、焦っていた。
「絶対に先手を打つべきだ!」
そう主張する課長を、冷ややかな目で見る若手職員たち。
「テーマパークの古城って、役場案件じゃなくない?」
たしかに民間企業が運営するテーマパークの問題は役場の管轄外だった。
だが、しっかりと役場が炎上した。
「『夫婦塔』の夫塔が妻塔より高い状態を放置するのは町役場の怠慢では?」
テーマパークの運営会社にキチンと指導すべきだという投書が届いたのだ。
さらにどこから漏れたのか、その情報がSNS上で拡散された。
批判がどっと役場に殺到する。
鳴り止まないクレームの電話、PCの受信トレイに積み上がる苦情メール。
早速、町長が記者会見を開くことになった。
小さな町役場なのに、他に事件がなかったのか大勢の記者が集まった。
町長が謝罪する。
「えー町役場もテーマパークの運営会社も、まーその予算的に大変で……」
塔の改修が難しいことを、しどろもどろになりながら釈明した。
「お金の問題ですか? 男女差別の問題ですよね?」
厳しい質問を投げかける記者。
会見が終わった時には、疲労困ぱいでグッタリする役場の職員たち。
「役場に投書してきたヤツ、マジで殴りてぇ」
新人職員が穏やかではない言葉を口にする。
「それに誰だよ? SNSで拡散した犯人!」
若手職員たちもついグチをこぼしてしまう。
そんな中、観光課の課長だけがニコニコしていた。
新人職員が怪訝な表情で課長に尋ねた。
「まさか、課長が……?」
『犯人』は課長だった。
課長は、あちこちの自治体が炎上しているうちに先手を打ったのだ。
自ら役場にクレームの投書を送り、SNSで拡散した。
そして、記者会見をメディア各所に一斉送信で知らせた。
「交通費は役場で負担します」と書き添えて。
作戦は成功し、見事に記者会見は盛り上がった。
注目されるタイミングを掴めば、田舎町のテーマパークにも光が当たる。
そう確信し、動いた観光課の課長。
「便乗作戦、思った以上にうまくいったな……」
小さな町のテーマパークは連日大盛況が続いた。
問題の『夫婦塔』は、ネームプレートを差し替える対応を指示した。
『夫塔』と『妻塔』の呼び名をひっくり返し、0円で炎上案件を解決したのだ。
今度は妻塔の方が夫塔よりちょっぴり背が高い。
何も変化していない『夫婦塔』だが、観光客が一目見てやろうと詰めかけた。
現地を視察し、ニヤリと笑う課長。
「次はどんな案件に便乗しようかな?」
(了)
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